幼少時代

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幼少時代

縁側続きに開け放った広い和室から、夏の青い空へと楽しそうな子供の笑い声が響いている。 「ほらなお!こっちだよ!こっちにおいで!」 兄の大海が手を叩いて呼びかけると、弟の直哉は大好きな遊びの始まりに笑い声をあげて喜んだ。 まだあんよを覚えたばかりの覚束ない足取りで、時にふらつき、時に尻もちをつきながら、それでも満面の笑みで兄の呼ぶ方へと小さな手を伸ばしてよちよち追いかける。弟のその愛らしい様子が兄を堪らなく嬉しくさせた。 大海は直哉の歩く速度に合わせて、ギリギリのところまで引き込んで身を翻し、うまい具合に逃げる。もちろん、弟がひっくり返った時に怪我をしそうな障害物は避け、躓くものはないか足元への注意は常に払い、いざという時は体を受け止めてやれるよう、万全の態勢は崩さない。 4歳ながら立派な兄ぶりを発揮している大海を、庭先で洗濯ものを取り込みながら母親が温かく見守っている。部屋を3〜4周した辺りで、足がもつれた弟を兄は両腕でしっかりと抱き止めた。 「お母さん見てた?すごいんだよ!昨日よりなおたくさん歩けた!」 「なおはひろが大好きだからね。もっと歩けるようになったら、これからは家でも外でも、ひろの行くとこにはどこにでもついていくようになるよ」 弟がもっと上手に歩けるようになったら。家の畑や公園、それから幼稚園に、季節の花が咲くお気に入りの原っぱも。連れて行ってやりたいところ、見せてやりたいものがたくさんある。大海の胸にこれからの楽しいプランが幾つも幾つも浮かびあがった。 そんな大海の気持ちを見透かした母親が、畳んだ洗濯物を選り分けながら、小さな釘を一つ刺す。 「危ないとこには連れてっちゃ駄目だからね?もしなおが危ないとこ行きそうになったら、ちゃんとひろが止めてやるんだよ」 「うん!なおの事はボクが絶対守る!ボクがなおのお兄ちゃんだからね!」 母の言葉に弟を抱く兄の両腕にぎゅっと熱く力が篭る。少しぽっちゃりした大海の胸に小さな直哉が柔らかく埋もれて、心地良い温もりにまた一つ笑い声が弾んだ。
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