夫と子猫は喧嘩中

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夫と子猫は喧嘩中

 ガチャンと玄関の鍵を開ける音が聞こえたので、ハッと我に返った楓佳(ふうか)は読んでいた雑誌から顔を上げて壁掛け時計を見つめた。  時刻は22時を少し過ぎたところ。『今から帰る』と連絡がきた時間から考えれば多少遅い帰宅だが、システムエンジニア職に就く夫にしては今日は比較的帰りが早い。お味噌汁を温めなくちゃ、と立ち上がった楓佳は、ガラス扉を開けてリビングに入ってきた夫である智希(ともき)の姿を見た瞬間、仰天のあまりその場に硬直してしまう。 「……え」  外では雪が降っているというのにコートの前は開かれ、その中に着ていたアイスブルーのシャツとインディゴブルーのスラックスが泥だらけに汚れている。服だけではなく使い捨てのマスクにも泥がかかり、さらに頬には何かに引っ掻かれたような細い傷が出来ている。どう見てもボロボロの状態だ。 「え……ど、どうしたの……?」  うっすら赤く腫れている智希の顔を見て、誰かと喧嘩でもしたのかと悲鳴を上げそうになった。だが楓佳の顔が強張ると同時に彼のコートの胸のあたりでなにかがモゾモゾと動き出した。その様子に反応して視線を下げる。 「拾った」 「は? え……ええ!? ……ね、猫?」  智希のコートの中からぴょこんと顔を出したのは、まだ子猫ともいえる大きさの『猫』だった。白い色とカフェオレ色が入り混じった色に、毛足がやや長く三角の耳がピンと立っている。目の色はグリーンと灰色の中間ぐらい。  可愛い。美形の猫だ。
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