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今はもうなんでもないただの平日だ。何か特別なことをするわけではないし、プレゼントを交換するわけでもご馳走を食べるわけでもない。それでも毎年のように、二人で穏やかに過ごす日。子猫を拾ってきたからと言って、特別何かが変わるわけではない。はずだった。
「楓佳」
「ん……」
布団の中で身体を抱きしめられ、顔を近付けて名前を呼ばれる。そのまま唇を重ねられると、いつものように彼の首に腕を回したくなる。
けれど今日は駄目だ。今夜この部屋には、ふたりの他に別の子がいるのだから。
「と、智希、だめ……!」
「静かにしろって。せっかく寝たのに、起きるだろ」
「!?」
智希は高校生の頃から、口だけではなく目つきも悪くて眼光が鋭い。そのせいで上級生や他校の生徒に絡まれることも珍しくなかったが、本人は特別喧嘩っ早いわけではなく至って温厚な性格だった。
だがそれはあくまで他人に対して。付き合い始めて割と早い段階から、智希は楓佳と特定の人にのみ鋭い視線を向けることがあった。
とは言えそれは威嚇や憎悪の感情ではない。物静かな彼は意外にも嫉妬深い性格らしく、強いまなざしは楓佳の心を掴むためのもの。そして楓佳に近付く異性を牽制するためのものらしい。そしてその視線が、今夜はまだ生まれて間もない可愛らしい子猫に向けられているようだ。なんと大人げない。
「……ん、ぁ――ふ」
「楓佳」
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