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そしてその泥は今、リビングにも広がりつつある。知らない人間に知らない場所に連れてこられたらびっくりして動きが止まってしまいそうなものの、智希が救出してきた子猫は随分と活発なようだ。
「俺も引っかかれた。めっちゃ痛い」
「智希、先にお風呂入ってきたら?」
マスクをしていたおかげでさほど大きな傷にはなっていないが、智希の頬は赤く腫れているし服は泥だらけ。いつもなら手を洗ったら先にご飯を食べるところだが、今日はその順番を変えるべきだ。
「そうするか。楓佳、あいつめっちゃ暴れるから攻撃されそうだったら寝室に逃げろよ」
「え、う……うん」
淡々と告げてリビングを出ていく智希だったが、説明を聞くとなかなか不穏な状況である。だが確かに、この寒い中で段ボールに入れられて捨てられていた割には子猫はなかなか元気な様子だ。ラグがないフローリング部分はつるつると滑るからかあまりはみ出してこないが、走り回ったせいでベージュのラグマットは泥まみれになっている。
ほどなくして興奮状態から落ち着いたのか、子猫がラグマットの上にちょこんと座って自分の顔を前足でぐしぐしと撫で始めた。落ち着いたというより、疲れたのかもしれない。
楓佳はその場にしゃがんで体勢を低くすると、そのまま子猫に向かってそろりと近付いてみた。
「にゃんにゃーん?」
鳴き真似をする意味があるのかどうかはわからない。だが大きな声をあげながら威圧的な態度で近付くよりは不安や恐怖心を煽らないだろう。という楓佳の考えはどうやら正解だったらしい。
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