638人が本棚に入れています
本棚に追加
「智希、傷の手当してないでしょ。軟膏塗ってあげるよ」
「ん」
ベッドに腰を下ろして問いかけると、智希がスマートフォンを引っ込める。そこは素直だ。
顔を洗って綺麗になった智希の頬には、まだうっすらと赤い傷が残っている。その上に常備薬の軟膏を薄く広げていく。
そうこうしているうちに子猫は眠ってしまったようだ。軟膏を塗り終えてふと視線を向けると、タオルの中に蹲った子猫は大人しく目を瞑っており、背中も上下に動いている。
「猫って夜行性だと思ってたんだけど、夜も寝るんだね」
「寝るだろ。雪で体力使っただろうし、疲れてんじゃねぇの?」
子猫が眠ったことを確認すると、お互いに声を潜めてひそひそと囁き合う。
智希の口調は冷たいが、手を引いてベッドの中に楓佳を引き込む身体は温かい。むしろお風呂上りのせいか熱いぐらいだ。
「楓佳。今日何の日か覚えてる?」
「……うん。私たちが付き合った日」
「そう」
ベッドに楓佳を固定するように布団の中で身体に跨った智希が、上からじっとこちらを見つめてくる。その真剣な表情に誘われるように顎を引く。
結婚記念日はいい夫婦の日を選んだので、11月22日。誕生日は楓佳が7月で、智希が4月。だから今日は誕生日でもクリスマスでもないし、バレンタインでもない。でもふたりにとってはちょっとだけ特別な日。もう何年も前になるが、当時高校のクラスメイトだった智希の大学入試が終わった日、彼から告白されてお付き合いを始めた記念日。
最初のコメントを投稿しよう!