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1.ドストライク男の出現
まず、一言だけ言わせて欲しい。
私、山城 桃 がこれから物語る話は、
ウソのようだが、本当の話である......
憧れのイタリアを中心とした
海外ブランドや国内の優良ブランド。
温もりが感じられる布張りやなめらかな
感触の本革張り。
その中の一台に私は引き寄せられるように
近づいた。ゆっくり指を滑らせ、そっと腰を
おろすと身も心も包み込んでくれるような
フィット感。
体圧が分散されていき、
体が軽く感じられる、まさにストレスレス。
なんなの、この極上の座り心地。
質感もデザインも座り感覚も合格。
リビングの格上げ間違いなし!
「ねえ、このソファ最高だよ。
このサイドテーブルも素敵。ねえ......」
有名なデザイナーの、目移りばかりしてしまう
ような理想のインテリアに囲まれて、
つい口元が綻んでしまう私が振り向くと、
たった今、側に居たはずの大輝が居なかった。
代わりに微笑んでくれたのは、
金縁のフレームが妙に目立つ眼鏡をかけた、
ちょっと苦手なタイプの男性店員だった。
大輝の奴、
また、勝手にどこかへ行っちゃった!
この春、大輝の仕事の関係で
転勤先の名古屋から東京へ越してきた
私と大輝は結婚2年目。
名古屋のマンションでは、
独身時代にそれぞれが使っていた家具等を、
そのまま使用していた為、東京へ戻って来た
からには、せっかくなので家具を新調し、
部屋全体を統一しようという事になり、
都内のインテリアフェアに来ている。
私は生まれ育った東京に名古屋から戻って
来られて嬉しくて仕方がない。
両親もいるし、中学時代から仲良くしている
友達もいるし、何よりもこの東京という
場所が好き。
賑やかな駅周辺は忙しく動き回る都会人
ばかりでその場にいるだけで疲れちゃうけど、
少し場所を変えると、自然の緑に包まれた
落ち着いた時間を過ごせる所もある。
食だったら築地に銀座、浅草に上野と、
本格的な味がその場その場で楽しめる。
ちなみにストレス発散には、
表参道や代官山が最適ね。
これから始まる新しい生活を過ごす新居は、
渋谷へ電車で3分。新宿へ15分という好立地。
しかも駅近の新築8階建てデザイナーズ
マンション。私たちはその801号室。
つまり最上階の角部屋。
ついでに言ってしまうと、ちょっとした
ガーデニングが出来るルーフバルコニー付き!
外観は明るい日差しが入り込むモダンで
ハイセンスな造りで、内装は随所にこだわりを
感じられ「グッドデザイン賞」を受賞したのが
売りのオシャレな空間。
なぜ、大輝31歳、私29歳という若僧夫婦
が、こんなに立派な物件に住めるかと言うと、
右肩上がりの外資系で働く大輝の会社の待遇が
良いのに加えて、一人息子の大輝を、大事に
大事に育てられたパパとママ(現住所:アメリカのニューオーリンズ)が、とてもありがたい事に、心強いスポンサーになってくれているからだ。
私と大輝が出会ったのは、
都内の大学に通っていた時。
大学へ入学し、桜の門を初々しい顔をして
通り抜けると、まずは誰でもたくさんの
サークルから勧誘される。
もちろん私も、スノーボードやテニス、
ゴルフなどのサークルや部活の部員から
勧誘を受けた。
中には、ご親切にまだ大学構内が把握出来て
いない私を、行きたい場所まで丁寧に案内
してくれながら、自分のサークル内容をPR
する人もいたり、
人ごみの中、まるで専属のボディーガードに
でもなったかの様に、私の前を行き、
次々と道を開けてくれたりする人などと、
ちょっとお姫様気分になりながら、
手渡されるチラシをとにかく受け取っていた。
そしてその沢山の差し出される手の中に、
私のドストライク、つまり健康そうな肌に
快活さが伴ったさわやかな笑顔の
山城 大輝 がいたのだ。
しかし、私が得意の蕾がほころぶような
スマイルで受け取ったチラシに書かれていた
サークル内容は「フランス語を楽しもう」。
あの顔だったら、スポーツ系の方が絶対に
モテるのに。フランス語なんて、
『ボンジュール』とか『ウイ、ノン』くらい
しか解らない。
私には無理無理......
比較的女子生徒が少ない建築学科を専攻して
いた私は、結局、どのサークルにも入らず、
週末はキャンペーンガール、
平日は家庭教師のアルバイトをしながら、
大学生活をエンジョイする事に決めた。
しかし、今まで勉強した事がなかった
フランス語には、何故か興味を持ち、
選択科目の第二外国語でフランス語を取って
みた。
そして大学生活にも慣れ始めた2年目の
学園祭での事。
なんだかんだ言って、一番注目される
ミスコンに、私は友達に勧められて応募する
事になった。
予選の面接をクリアし、
スピーチや特技、笑顔ウォーキング審査など、
様々なものがあったが、運の良い事に最終予選
まで私は突破できた。
そして最後の審査となるドレス審査。
キャンペーンガールのアルバイトで、人前に
出る事には慣れていた私は、
エントリーされた6名の中では、
一番冷静だったと思う。
内心、この調子なら、
ミスコン優勝者の栄光ある称号を手に入れられるかも、と自負していた。
しかし、舞台に上がる直前に、
私を突然動揺させる出来事があった。
「エントリー2番の 篠原 桃さん、
頑張って下さいね」
私の名前を呼んだ聞き慣れない声の主を
見上げると、ハイヒールを履いた私よりも
15㎝程背の高い男性が、両手にフランス語で
何やら書かれたプラカードを持ち、
大きな目をパチクリさせながら明らかに
私を応援していた。
私の脳裏では、この一見ストーカー男と、
入学したばかりの時にサークルの勧誘で、
一度目を合わせたあの、フランス語ドストライク男が、一瞬の内に一致した。
「あっ、ありがとうございます」
これが、大輝との忘れもしない再会の日。
なぜ私のことを知っているのか、
なぜプラカードまで作って応援しているのか
分からないが、とにかく嬉しくて、本来ならば
計算づくで臨むべき最終審査で舞い上がり、
結果、本領発揮できずに落選......
自分の隣に立っている子にライトが当てられた
瞬間、私は何とも惨めな思いをした。
それまでは、会場の視線を存分に浴びていた
はずなのに、一気に彼女の引き立て役に
なってしまう屈辱感......
あれは、忘れたくても、
どうしても忘れられない。
なので......
あの時のコンテストでミスに選ばれなかった
のは、今でも「大輝のせい」という事にして
いる。
そして学園際が終わると、夢のミスキャンパス
から一般学生へと急降下した可哀想な私を、
誰よりも審美眼を持つ大輝が大事に拾ってくれた。
そして私たちはすぐに付き合いだし、
今に至っている、という訳だ。
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