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2.ストロベリージェラード
気合を入れて履いてきた7㎝ヒールで、
よく磨きのかかった床を、カツカツと鳴らして
大輝を探し回っていると、エキゾチックな
雰囲気のインテリアが揃っているフロアまで
辿り着いた。
そしてその中で、存在感たっぷりな背部が
籐で作られたソファに何度も座り直している
大輝らしき姿を発見。
私は、怒ったふりをして、
ゆっくりと近づいた。
「桃! やっと来た!
このソファに座ってみろよ。
オレ、気に入っちゃったよ」
「ちょっと!
行き先も言わず、突然居なくなって、
『やっと来た』は、無いでしょ!」
まあ、こんな事は日常茶飯事なので、
私が本気で怒っている訳では無いことは、
大輝も分かっている。
なので、いつものように笑ってごまかし、
大きな手でさりげなく私の手を引いて、
ソファに座らせた。
「本当だ......」
「だろ? モダンな部屋もいいけど、
アジアンスタイルも落ち着いていいよね」
「うん! 隣にラタンで編んだランプとか
置いたら、いい雰囲気になるだろうな」
ブラックやシルバーを基調に、アクセントとしてホワイトを使った、シンプルモダンな部屋を思い浮かべていたはずの私は、あっという間に、大輝が気に入ったという、この温かいインテリアに魅了されてしまった。
そして、座り心地の良い二人でゆったり座れる
ワイドソファと、アクセントカラーになる
クッションを2つ。
それから、ローテーブルと、優しい光の洩れる
ランプ、使い易そうな収納BOXを購入した。
「なんか、疲れちゃった…」
私が、愛想のいい店員とラグマットを見ていると、大輝がそう呟いた。
そして、少し間が空き、嫌な予感がして
振り向くと、案の定、大輝は居なかった。
まただ......
私はすぐに大輝の携帯に電話を掛けた。
しかしそれも虚しく、私の持っている鞄の中で、大輝の携帯は、ブルブルとバイブしていた。
大輝は、鞄を持たないので、私の鞄に勝手に
自分の物を入れる癖があるのだ。
私は店員に、「また来ます」と言って、
大輝が向かいそうな場所へ小走りで向かった。
絶対、どこか休めるカフェを探しに行った
に違いない。
まあ、確かに、男性は女性に比べて
ショッピングに飽きやすいかもしれないけど、
一人で勝手に行っちゃうのは、
ホント許せない!
私がエスカレータで上階に上がり、お洒落な
カフェの前で足を止め、中を覗こうとした時、
近くにあるジェラード店の前を歩いている大輝
を見つけた。
一見、いい男に見えるのに、自分勝手で、
子供っぽい性格の大輝。
実年齢は31歳、いや、もうすぐで32歳になる
のだが、第三者から見ると27,8歳に見えるかも
しれない。
しかしその反面、29歳の私は、大輝の相手を
していると34,5歳に見えるのではないかと
心底心配になる。
付き合っている時は、こんな事を心配する
事はなかった。
もちろん今でも、いざという時は頼れるし、
会社では得意の英語とフランス語を活かして、
それなりの仕事を任されている。
うん、やっぱり私、見る目がある。
と、大輝に対して失望しているのかと
思いきや、実はこのギャップが最近の私には
何故か新鮮でそんな大輝が可愛く感じ、
他の人には見せない甘えたような笑顔に、
キュンとさせられてしまう。
ホントに不思議な男だ......
こんな事を、ジェラード店から少し離れた
ベンチに座って考えながら、大輝を人間観察
していると、ジェラードを持った大輝が、
私の方に近づいて来た。
なんだ、気付いてたんだ......
私は大輝がどう出るか待つ事にした。
すると、右手に持っていたジェラードを
私に差し出しこう言った。
「ダブルにしちゃった!」
(なに? 『ダブルにしちゃった!』
じゃないでしょ!?)
私の目の前で、
30過ぎの男がダブルのジェラードを両手に
持ち、嬉しそうな顔をしている。
私は小さな溜め息をし、
大輝からジェラートを受け取った。
今度こそ一言、言ってやろうかと思った時、
後ろからタータンチェックの制服に白くて
可愛いエプロンを付けた、ジェラード店の
アルバイトの子が走って来た。
「先程のお客様、すみません。
ウエハースを付け忘れちゃいました!」
エプロンの胸元に「研修中」バッジを付けた
アルバイトの子は、目をキラキラさせながら、
大輝の持っていたジェラードにウエハースを
差し、私には、申し訳なさそうに手渡しで、
ウエハースをくれた。
そして「良かったら、また来てください」と
次回使えるサービスチケットを大輝に手渡し、「ぺこり」と可愛い効果音が聞こえてくるようなお辞儀をしてお店へ走って戻って行った。
「なんか得した気分じゃない?」
アルバイトの子には「わざわざ良かったのに。
でも、ありがとうね」とかカッコつけて言って
いたくせに、姿が見えなくなった途端これだ。
そして大輝は嬉しそうに、レモンのジェラード
とウエハースを交互に食べ始めた。
大輝君、あなたは恵まれているわ。
お父様とお母様に感謝なさい。
どちらかというと、顔がいい方の分類に入る
から、許されている事や得をしている事が
いっぱいあるのよ。
今の件だって、もしあなたがブ男だったら、
おそらくここまで、ウエハースやサービス
チケットをわざわざ届けてくれたりはしない
でしょう。
この前だって……
しかし隣で美味しそうに食べている大輝を
見ていたら、あれこれ考えている自分が馬鹿
らしくなり、私もストロベリーのジェラードを
食べ始めた。
「桃、そのストロベリー美味しい?」
「うん、美味しいよ」
「今月はストロベリーフェアで、
それが一番オススメですって言われたんだ」
「じゃあ、なんで大輝はレモンとチョコチップ
にしたの?」
「だって、いい年の男がストロベリーを食べるの、何か恥ずかしいだろ?」
何を今さらと、突っ込みたい私と、
スプーンでストロベリーをすくい、
待っている大輝の口の中へ入れてあげ、
「美味しい」と無邪気に喜ぶ顔を期待している私。
気付くと後者の私がここにいた......
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