4.素敵な休日

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4.素敵な休日

 駅前の桜の木は青々した若葉でいっぱい。 現代病と呼ばれる花粉症からは、私も大輝も 今のところ逃れられているが、マスクをして いる人がまだ減らないという事は、花粉の飛散 も大して衰えていないのだろう。  そんな4月23日の土曜日。 完全週休二日制の大輝と私は、土曜日はお昼 までは寝ている事が多く、午後から映画を 見に行ったりショッピングへ出掛けたりする。  今日もカーテンの隙間から暖かい日差しが 差し込み、私は目が覚めた。 視力が0.1以下の私は、目を細めて寝たまま 壁に掛けている時計を見た。 デザイン重視で選んだ時計の為、はっきりと した時間は分かり難いが、12時前を差して いるように見えた。 隣で寝ている大輝の方に顔を向けると、 頭まですっぽりと布団を被って、まだ寝ている。 私は起こさないように、そっとベッドから 出て、顔を洗いに洗面所へ行った。そして、 コーヒーを飲もうと二杯分セットした。 新聞を郵便受けから抜き取り、買ったばかりの ソファに腰掛けて経済新聞を読んでいると、 キッチンからポコポコとコーヒーが音を立て 始めた。 私はこのなんとも間抜けな音が好き。 “もうすぐでコーヒーが出来ますよ~”という 合図のような気がして、マグカップを用意する。  大輝がこのいい香りに誘われて起きてくる かと思ったのに、まだ寝室から出てこない。 きっと、職場の雰囲気が変わって、 会社では気を遣って疲れているんだろうな。 私は大輝の分のコーヒーを保温して、 2年前から飲み出した、口当たりの柔らかい ハワイ島のコナ地区で採れるコナコーヒーを 片手に、リビングからバルコニーへ出た。 柔らかい風が吹いて、フェンス越しに並べて いるハーブが微かに揺れた。 そして私は、私専用のハンモックチェアに ゆっくりと座った。 適度な揺れとすっぽりと包まれる感じの安心感 があり、快適、快適!  私はこのハンモックを勧めてくれたクマ店員の毛深い腕を思い出し、一人で笑ってしまった。 私のパパも毛が濃く、ちなみに胸毛も生えている。 パパはこの濃い毛こそが、男らしさの象徴だと今でも思っているらしい。 でも、あのクマ店員に比べたら、 パパもまだまだね!     私はコーヒーをゆっくりと口に含み、 ふと思い出した事があった。 最近、大輝の白髪を切ってあげてないな。 大輝は若白髪なのか、 20代後半から2,3本の白髪が出て来た。 白髪というのは数本だからと言ってバカに出来ない。 黒髪の中の2,3本だからこそ、 異様に目立つのだ。 なので時々チェックして、 根元からハサミで切ってあげるのが私の役目。 女性というのは、髪を撫でられると気持ちよく なって、なんだか相手に心を許してしまう所が あるじゃない。 でもこれは女性に限った事じゃないみたい。 大輝は私が白髪を探す為に髪をいじっていると、気持ちよくなってウトウトしだすもの。 で、そのまま膝枕をしてあげて、 眉毛を整えて、耳かきをして、 一丁上がり! 大輝が今でも、いい男を演じていられるのは、 細部に私の手が施されているからなんだからねっ。 私は足を組み直し、片足でハンモックを軽く揺らしながら、遠くの景色をぼんやりと見ていた。 ビルや家々の屋根、 その狭間にある小さな公園。 上への解放感は半端なく、 空高く所有している感覚。 目が悪い私には、いい感じにフィルターが かかっているように景色が見える。 なので、それをいい事に白昼夢に浸るのだ。  雲ひとつ無い青空の下、 道路沿いで風に揺られる葉はヤシの葉。 その先には真っ白な砂浜と蒼い海が広がり...... そう、ここはマイアミビーチ!  という事は、目の前の道路は、お洒落な レストランや高級コンドミニアムが立ち並ぶ、 オーシャンドライブという事になるわね。 そうそう、波の穏やかなビーチを眺めながら、 新鮮なシーフードが食べられる「オイスターバー」、あのお店は大好き。 具沢山で濃厚な味のクラムチャウダーと添えられているクラッカーが絶妙なバランスで、それに何と言っても、生牡蠣が最高に美味しい! 種類も沢山あって、貝の形も味も微妙に違う 牡蠣を、大輝と食べ比べしたのよね。 楽しかったな~。  私の頭の中は、空想と3年前に大輝と旅行を した時の思い出が重なり合い、まるでリゾート地のバルコニーで、綺麗な色のカクテルを飲んでいるような幻想にふけていた。  そうだ! 今年の海外旅行は、マイアミにしよう。 そしたらニューオーリンズにも近いから、 大輝のパパとママにも会いに行けるし。 パタパタパタ......  あっ、大輝起きたのかな?  部屋の中から物音が聞こえたので、 私はこの計画をいち早く伝えようと、 ハンモックから降りてリビングへ入った。 「大輝、おはよう!」 「......」 今日のランチは、ポルチーニのクリームパスタ。 私、こう見えても、子供の時から料理が大好きで、創作料理やお菓子作りが趣味。 もちろん美味しいものを作る為には、 同時に美味しいものを食べて舌を肥やさないといけないので、外食も好き。 という事で、お腹が空き始めた私は、パジャマからルームウェアに着替えてエプロンを締めた。 さっき保温したコーヒーがそのままだ。 私は一度スイッチを切り、棚からポルチーニ とパスタを取り出した。 そして、マッシュルームをスライスし、 鍋に湯を沸かし始めた。 あれっ? 何か足りない...... 沸騰し始めた湯に塩を少々加えながら、 私は足りないものを思い出した。 大輝だ! 「大輝~? また寝ちゃったの?」 「......」 おかしい。 いつもなら、大輝はベッドの中から私を甘い声 で呼んで、二人でゴロゴロするのに。 いくら疲れているとはいえ、もうすぐ13時。 それに、さっき起きてきた気配がしたし。 私は鍋の火を消して、 寝室に様子を見に行った。
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