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5.器用なおサルさん
「おはよう~! そろそろ起きたら?」
「......」
ベッドの中には大輝が居なかった。
あれ? 居ない。
パタパタパタ......
リビングの方から足音がする。
私はリビングを覗いてみた。
しかし、大輝はいない。
「ちょっと、大輝! どこに居るの?」
大輝、隠れんぼしてるんだ。
ホントに子供なんだから!
こうなったら、探すしかない。
ほおっておく事が出来ず、
すぐに乗ってしまう私も子供だ。
こんな部屋の中で、しかも図体の大きな
大輝が隠れられる場所なんて限られている。
私は、カーテンや等身大の鏡の裏、
バスルームにトイレの中、
そして服の掛かっているクローゼットの中、
有り得ないけどソファの下など、
考えられる場所は全て探した。
なんで居ないの?
「大輝!! 降参。私の負けだから、
もう出てきなよ!」
「......」
私は、何の反応もない大輝に、
いい加減、頭にきた。
そしてソファにドカッと座った。
「ギャッ!!」
私の背中はゾクッとした。
私じゃない!
今の悲鳴は私が発したものじゃないからね。
だって、あまりに驚いて、声が出なかったもの。
私は自分の目を疑った。
大輝のいたずらに、
今までも驚かされた事は何度もある。
でも今回のは、
心臓が飛び出る程のハイレベルだ。
だって、同じソファにまん丸な目をウルウル
させている、おサルさんが座っているんだもの。
私は、開いて塞がらない口で何か言おうと、
パクパクさせながら、私に何か訴えかけて
いるようなおサルさんから目が離せなかった。
するとお猿さんは、
自分の指で私のお尻の辺りを指差した。
「あっ、ごめん!」
私はソファから飛び上がった。
なんと、お猿さんのシッポを私のお尻で踏んでしまっていたのだ。
おサルさんは、下敷きにされた痛々しいシッポ
を手で撫でながら、座り直して足をブラブラさせた。
私はその場で固まったように立ったまま、
とにかく落ち着こうと深く深く深呼吸をした。
そういえば随分前に、何かペットを飼いたいねって、大輝と話した事があった。
その時に私、「猿って可愛いよね」なんて言ったかもしれない。
でも、あれは冗談だったのに。
普通、ペットと言ったら、犬か猫、
ハムスターとか熱帯魚とかだよね。
でも、大輝の常識は、人と少し違うから。
私が本気で猿を飼いたいと思っていたんだ......
「大輝~! おサルさんありがとう。
でも、本当にビックリしたよ!」
「......」
「大輝~!」
私がいくら呼んでも、大輝は出て来なかった。
ただ代わりにお猿さんが、私の顔を覗き込んだり、肩をトントンと叩いたり。
「可愛い~。随分と大人しいのね。
それに私にもう懐いてくれたの?」
「クー」
「そう~。おいで、おサルさん」
私はおサルさんを膝の上に乗せて、
頭の毛を撫でた。
すると、頭をポリポリと掻いて、
気持ち良さそうに顔を私の胸にあずけて、
甘えて来た。
「ホント、可愛い。
なんだか、しぐさが大輝に似てるし。
ねえ、おサルさん。
大輝がどこへ行ったか知らない?
さっきから居ないの」
するとおサルさんは、私の言葉が解かるのか、自分を指差した。
「あっ、名前ね。大輝と考えて、
いい名前を付けてあげるからね」
そう言っても納得しないおサルさんは、
また自分を指差し、首を傾げた。
それに釣られて私も首を傾げた。
するとお猿さんは、ソファからピョンと
飛び降り、パタパタと歩きながら、
洗面所へ向かった。
「あっ、大輝のスリッパ、履いてる!」
大輝の大きなスリッパを履いたおサルさんは、私の方を振り向き「キャッ」と小さく鳴いた。
そして、洗面所でうまい事、顔を洗い、
掛けてあったタオルで水気を拭き取った。
「へっ......?」
猿って、ああやって顔を洗うんだ。
人間と同じだ。
私が感心していると、リビングに戻って来る
なり新聞を手にした。
そして、背伸びをしながらテーブルの上に
広げた。
しかし、どうやらその姿勢が辛いのか、
新聞を床に広げて見だした。
「何してるの? それ、新聞だよ」
ペラペラと新聞を捲っていたおサルさんは、
外貨為替のページで手を止め、
肘を付いて見入り始めた。
嘘でしょ。読んでるの? しかもそこ、
いつも大輝がチェックしているところ。
普通、猿はスリッパを履くのでしょうか?
顔をタオルで拭くのでしょうか?
新聞を読むのでしょうか?
呆気に取られた私は自問自答した。
解からない。どうなんだろう?
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