6.おサルさんとパスタランチ

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6.おサルさんとパスタランチ

 私の視線に気付いたおサルさんは、 「キャー、キャー」と鳴き、お腹を指差した。 今度は何だろうと見続けていると、 おサルさんのお腹が「グー」と鳴った。 「お腹が空いてるのね!」 私はクイズの答えを当てた気分でダイニングへ 行き、さっき作りかけていたポルチーニパスタ の材料を眺めた。 パスタなんて食べる訳ないよね、 どうしよう。 猿と言えばバナナ。でもバナナがない。 私はバナナが苦手なのだ。 栄養たっぷりなのは解かる。 しかし、あんなに生ぬるい食べ物があるなんて。 まぁ、冷蔵庫で冷やしたり、凍らせたりすれば、なんとか食べられるのだが、あの常温の バナナの皮を半分位むいて、かぶりつく様に 食べている人を見ると、それこそ猿に見えて くる。 「あっ、リンゴならある!  リンゴ、リンゴ♪」 毎朝ヨーグルトに入れて食べているリンゴが 役に立った。私はリンゴをペーパーでよく拭き、リビングへ戻って、新聞のスポーツ欄を 覗き込んでいるおサルさんの隣にそっと 座った。 そして、恐る恐るリンゴを差し出した。 するとおサルさんはポカンとした表情で、 そのリンゴを私に押し返した。 「えっ、リンゴ食べないの?」 猿はバナナしか食べないのでしょうか?  いや、そんな事はないだろう。 「解かった! 剥いて欲しいの?」 するとお猿さんはコクンと頷いた。 随分と過保護に育てられたようだ。 私はキッチンに行き、 急いでリンゴの皮を剥いた。 ついでに「ウサギの耳」に剥いたら、 どんな反応をするか試してみたくなり、 1つだけ可愛いウサギにしてみた。 リビングに戻ると、新聞は四つ折りにされ 床に無造作に置かれていた。 どうやらおサルさんは新聞を読み終わったよう で、ソファに座りながら、窓から入る暖かい光 を気持ち良さそうに浴びていた。  “新聞は床に置かないで”って、 いつも言ってるのに...... 大輝はいつも読み終わった新聞を床に置く。 私はそれが気になり、テーブルの上に戻す。 こんな何気ない、やり取りをふと思い出し、 おサルさんにリンゴをお皿ごと渡した。 「ココッ」 おサルさんは可愛い声を出して、 リンゴを食べ始めた。 やった~! 食べてくれた! 私は水を用意してあげようと、 キッチンへ行き、カフェボウルに水を入れた。 あれっ? カップで飲むのかなぁ?  犬や猫じゃないから、 ペロペロ舐めて飲むわけじゃないか。 あのおサルさん、器用そうだし。 結局、マグカップに水を入れてリビングへ戻った。 すると、おサルさんの姿は無く、 外からの風に吹かれてカーテンがなびいていた。 「あっ、大変! 外に出ちゃった!」 私は急いでバルコニーに出た。 するとそこにいたのは大輝だった。 「わぁ、ビックリした!!  大輝、ここに居たの?」 「桃、どうしたの?  そんなに驚く事ないだろ」 「だって、ずっと探していたんだよ。 あっ、そうだおサルさんは?  今、外に出ちゃったの」 「はっ? おサルさん?」 大輝は私が聞いている質問の意味が分からない 様子で、手に持っていたウサギの形をした リンゴをカプッと食べた。 「そのリンゴ、おサルさんにあげたのに。 大輝が食べちゃ駄目でしょ!  ねぇ、おサルさん、逃げちゃったのかなぁ。 大輝、ここにいたのに気付かなかったの?」 「何言ってるの? 桃、まだ寝惚けてるん じゃないの? あっ、ありがとう。 それオレのコーヒー? 飲みたかったんだ!」 「違う! おサルさんに水をあげようと思ったの!  大輝のコーヒーはキッチンにあるよ」 「おサルさんにマグカップでお水をあげる なんて、桃は可愛い夢を見るね。 さっ、お腹も空いたから、ランチにしようよ!  今日は何?」 「ポルチーニのクリームパスタだけど。 ねぇ、大輝。 本当におサルさんの事、知らないの? てっきり、大輝がペットとして飼おうとしたのかと思ったのに。おかしいな......」 大輝は私の事を笑っている。 そして私の腰に優しく手を回して部屋の中へ 一緒に入った。 私はさっきまでの事が大輝の言う通り夢だった のか、未だに信じられず、もしかしたら逃げてしまったおサルさんが、戻って来るかもしれないと、念の為に窓を大きく開けておいた。 大輝がおサルさんの事を知らないという事は、 動物園から逃げてきた猿だったのかなぁ。 それとも、私が本当に寝惚けていただけか...... 私はキッチンに戻り、もう一度鍋を火にかけて沸騰させ、パスタを茹で始めた。 そして、ポルチーニやマッシュルームの入った クリームソースを作って、パスタをからめた。 器に盛りつけて、 パセリを散らしたら出来上がり!  美味しそう~。 イタリアにもまた行きたくなっちゃうな! 「大輝、パスタが出来たよ~!」 私は大輝を呼んだ後、昨日の夕食で残った サラダの事を思い出し、冷蔵庫から取り出した。 そして席に着いた大輝の前にパスタとサラダを並べた。 「サラダも食べてね。わっっ、おサルさん!」 驚くことに、大輝の席に座っていたのは、 さっき逃げてしまったおサルさんだった。 「戻って来たの?  やっぱり夢じゃなかったんだ。 大輝~、大輝~! 見てよ。 本当にお猿さん居るから!」 「......」 大輝の返事は無かった。 私は部屋中を見て周り、バルコニーも覗いて みたがどこにも居なかった。 おかしいな。 さっきまで居たのに。 「キャー、キャッ!」 おサルさんが鳴いている。 私はダイニングへ戻り、とりあえず自分の席に座った。 すると、お猿さんはフォークとスプーンを 手で持ち、パスタを食べようとした。 「あっ、それ大輝のだけど...... まぁいいか。 急にいなくなっちゃう大輝が悪いんだから」 私はおサルさんの手先から目が放せなかった。フォークをクルクルクル。 そして何とか巻きついたパスタを口元へ運んで...... 「あっ」 もう少しで口に入りそうだったパスタが、 落ちてしまった。 するとお猿さんは、 またフォークをクルクルクル。 何度も繰り返して、 やっと口にパスタを入れた。 「すごい! すごい!」 私が手を叩いて喜んでいると、 おサルさんは顔を少し赤らめた。 このおサルさん、本当にスゴイかも。 どこの動物園から来たんだろう。 この辺りだったら多摩か上野の動物園?  それとも、サーカス?  そして私は、一人でいろんな事を想像しながら、ゆっくりとおサルさんとランチを食べた。 「キューン、キャーキャ、キャ?」 「えっ?」  パスタを食べ終わる頃、 おサルさんが何か言った。 そう、何か言ったのだ。 語尾が上がってた。 何か聞いてるみたいだけど、解からないよ...... 「キューン、キャーキャ、キャ?」 「あっ、あの~。 パスタはお口に合いましたか?」 私ったら、質問されてるのに、 質問で返しちゃった。 「ココッ。キューン、キャーキャ、キャ?」 あ~、まただ。何言ってるんだろう。 「大輝、どこに行っちゃったんだろうね」 私が一生懸命、あたかも会話をしているかの ように、そう答えると、お猿さんは首を傾げて、目をパチクリさせた。 私も釣られてパチクリ。 困ったな~。 私はどうしようもないので片付けを始め、 おサルさんの様子を伺いながら、 お皿を洗いだした。 すると突然お猿さんが私にちょっかいを 出し始めた。 足にまとわり付いたり、 椅子を台にして私の真横に並んだり、 エプロンの紐を引っ張ったり。 一見、訳の解からない行動に見えるが、 私はこの意味する事がすぐに解かった。 なぜなら大輝も同じように背後から無意味に くっついて来たりするから。  男性というのは、女性の手が塞がっている時、つまり簡単には抵抗できない状態を見ると、何もしないではいられなくなるらしい。 お猿さんも、間違いなくオスね...... 「ちょっと、やめてよ~! 危ないでしょ」 私が大輝にいつも言うように、 おサルさんにも同じように言うと、 「チャッ、チャッ!」 そう言って、何やら嬉しそうに笑っている。 そして、鼻歌らしきものを歌いながら、 満足そうにリビングの方へ行ってしまった。 猿って、 本当に人間と同じような行動をするんだ......
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