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「これ、あなたが書いたんですか?」
冊子を読んでいた若い男は、座っていた椅子の背もたれから体を起こした。
いたずらっぽく見開かれたすみれ色の目に、ウォルナットの丸テーブルが映り、その上で暖かく灯るアンティークのランプが映り、さらにその向こう、布張りの長椅子に深く腰掛けた「老人」がもぞもぞと動くのが映った。
「……昔、『同胞』がくれたんだ」
老人の血の気の薄い顔に、言い訳めいた気まずさが浮かんで消えた。
若者は、読みかけのページを開いたまま冊子をテーブルにぱさりと置いて、手首のウェアラブルをさすった。「でも、全部読む気にはならないな。あのさ、もっと簡単に説明してよ」
いつも通りの、さばけた声の調子。ほどよく鋭いつららに似た若者の声は、老人の耳を心地よく貫き、脳で融け、体中の血をとぷりと泡立たせる。「新しい友人はつくらない」という老人の主義を、若者はあっさりとひっくり返した。
見た目は30代ほどの「老人」の細くしなやかな指が、ランプの淡い光と周りの暗闇を混ぜるようにゆるりと広がった。
「欲するままに。ほどほどに」
若者は口の端を軽く上げた。
「それをするのって、昔より今の方が難しい?」
「いや」老人は壁にしつらえた大きな振り子時計に、薄い青の目を向けた。「この頃の、時計の進む速さといったら。『奇妙なニュース』も、すぐに蒸気となり霧散する。血の話題もしかり。お前も、よく言うだろう? 『そんなことあったっけ?』って、ね」
老人の「時計」の言葉で目覚めたように、振り子時計が真夜中の鐘を打ち始めた。同時に、若者の手首でアラームが鳴る。それを合図に、若者は立ち上がった。
「じゃあ、行ってくる」
若者が階段を上る軋み音が遠ざかっていくと、二人が暮らす古い豪奢な屋敷は、来ない客を待っているような静けさに覆われた。
老人はテーブルの上の冊子を取り上げ、パラパラとめくった。「ふん」と鼻で笑い、傍らのシェリー酒を一口飲んだ。
それから、すうっと満月の白い光が射しこむ窓の前に立った。
真上の部屋で窓枠がギイと鳴り、老人の正面の窓ガラスがカタリと揺れた。高く舞い上がって飛び去る大きな影に、月光が一瞬黒く遮られた。
老人は、今度は「ふっ」と笑った。彼のガーネットの赤い唇が、お気に入りの詩の一節をささやく声でそらんじた。
――砂漠とは。
邪なるがゆえに、正しい都市を追われた者にとっては、処刑の場であり。
正しくなろうとして、邪な都市を後にした者にとっては、浄化の場である。
老人は、テーブルの上の冊子を振り返った。
「尋ねなかったな。あいつ」
――その「同胞」は、今どこに?
見た目の10倍生きた老人は、最後に「同胞」に会ったのはいつだったか思い出そうとした。それは、大きな二つの戦争のさらに前だった気がして、記憶をたどるのを止めた。
その「同胞」は、おそらく死んだろう、と老人は思った。
不死の一族も、永遠には生きない。仲間に懇願したくなる日がくるのだ。
――杭を打ってくれ。
若者を「新しい友人」にして本当に良かったのか、その懐疑がふと頭を持ち上げた。
けれど、彼の喉も、シェリーでは癒されない渇きでひりひりと焦げ始めていた。彼はその考えを頭の奥、後回しの箱にしまい込んだ。
「我らは砂漠」
「常に、渇いた砂漠」
「ときに、渇ききった砂漠」
彼も部屋を出て、友人の後を追うべく、ほの暗い階段を一段一段ゆっくりと上り始めた。
友人が初めてのことを首尾よくやりおおせるか、見届けるために。
そして、彼自身も、欲するままに。
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