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第二話 奪衣婆に贈るバブリートマトスープ
店の扉が勢いよく開いて、美女が叫び声を上げた。
『ちょっと聞いてよ! アタシってば、ババアなんて思われてんのよ!』
ゆるやかなウェーブを描く長い黒髪にインナーカラーはエンジ色のツートン。黒のボディコンシャスなミニワンピに、黒地の流水と菊花が染められた着物を片肌脱ぎに重ねてベルトを締めている。黒いエナメルヒールは十センチは軽くありそう。
赤い瞳の目元はナチュラルメイクなのに、真っ赤な口紅がバブリーな雰囲気を漂わせている。初めて来店した瞬間、自分のことをエバと呼べと高らかに宣言した奪衣婆は年齢不詳の美女。
奪衣婆が入ってくると先客が椅子を引いて迎えるのが日常で、まさしく女王様。
『滅茶苦茶腹立つわー。ぴっちぴちの女子高生がさぁ「奪衣婆ってどこにいるのかなー、超怖いババアなんでしょ?」って、目の前にいるアタシが本人だっつーの!』
イライライラ。こつこつとテーブルを叩く長い爪は艶やかなエンジ色。さっと緑茶を出すと一気に飲み干した。
三途の川の観光地化の為、奪衣婆も転職を余儀なくされた。死者の衣を奪うのではなく、死者にあの世までの服を貸すお洒落な貸衣装屋を営んでいる。
『久しぶりに血を見たくなるわね。昔はね、裸で来る奴らは皮剥いでたのよー』
「裸? 六文銭を持ってないからですか?」
三途の川の渡し賃として六文銭が必要で、持っていない場合は服を奪衣婆に奪われるか、皮を剥がされると聞いた覚えがある。
『お金じゃないのよ。だって、六文銭だの冥銭だの供えるのって仏教の葬式だけだもの。神道もあるし、十字教のもあるでしょー。……その人が死んだ時にね、悲しんでくれる人の涙とか想いが〝死出の衣〟を作るの。逆に死んで喜ぶ人間が多い場合は衣が溶けて裸になったりするの。恨みを背負い過ぎた人間は、人の恨みから出来た重い衣を着てることもあるのよー』
奪衣婆の話を聞いて、私は自分のことを考えた。……ここに来た時に私が着ていた服は、何で出来たものだったのだろうか。
『今日も貴女のおすすめでいいわー』
「はい。ありがとうございます」
今日は彼女をイメージしたスープを作ってある。真っ赤なトマトスープに野菜と骨付き肉がたっぷり。密かに名づけるなら『奪衣婆に贈るバブリートマトスープ』。
大鍋からスープボウルに盛りつけて出すと奪衣婆が目を丸くした。
『なにこれ、血?』
「トマトスープです。骨付き肉たっぷりなので、お肌に良いですよ。これ食べて一晩寝たらお肌ぷるんで、ぴっちぴちです」
血の替わりにこれを見て落ち着いて下さいと口に出す勇気は無かった。彼女につられて微妙な死語を使ってしまったのは悔やまれる。
『ふーん。……あら? パンでもパスタでもなく、ご飯なのね』
「はい。このスープはご飯に合うように、和風寄りの味付けにしてあります」
下味をつけて良く煮込んだ骨付き肉は味が染み染み、箸でほろりと骨から外れる柔らかさ。ニンジンとレンコンは、ほっくり。キノコと玉ねぎ、カリフラワーといった食感の違う野菜を、酸味を抑えたトマトスープでまとめ上げている。
真っ赤なスープに食用金粉を飾りたいけれど、流石にそれはやり過ぎかと粉チーズと刻んだ青ネギをぱらり。押し麦入りご飯と副菜、和風サラダを添えれば味も栄養バランスもばっちり。
『あら、おいし。ああ、これはお肌に良さそうな味がするわー』
一口食べて上機嫌になった奪衣婆は、スープを追加して二杯平らげた。
食後の緑茶を飲みながら、奪衣婆が口を開く。
『ねー、それにしてもさぁ。アタシがせっかく似合う服選んだのに、元の服に戻しちゃうってなんなんだろ。別人みたいに可愛くなって、鏡の前で嬉しーって言った直後に、よ』
「……元の服が大事な人々の想いから出来ていると感じたからかもしれません」
私は全く分からなかったけれど、敏感に感じ取る人がいても不思議はないと思う。
『そっか。それなら仕方ないわね』
肩をすくめた奪衣婆は、とても優しい笑顔をしていた。
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