第三話 賽の河原の積みハンバーグ

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第三話 賽の河原の積みハンバーグ

 賽の河原と言えば、親より先に死んだ子供が父母の供養のために石を積んでは鬼に崩されるという責め苦を受ける場所と言われていた。  三途の川が観光地化した今は、縦横三十センチ、厚み五センチの軽石を、定期的に現れる鬼に崩されるまでにどれだけ高く積めるか競い合う人気のアトラクションになっている。 『昔は怖がられたもんだが、今じゃキャーキャー黄色い声援が来るからなぁ』 『鬼の一生わからんものよなぁ』 『石が軽石になったのと同じで俺たちの存在も軽くなった。普通の悲鳴が懐かしい』  カウンター席に並んで座り、はぁあと溜息を吐く赤、青、緑の鬼三人。筋骨隆々とした体格が一部の女性たちにウケている。今は勤務時間外なので、紺色の袖なしの和風ベストと裾を紐で絞った袴を着ている。 『それにしてもだな。俺たちが出てくるのを喜ぶというのは理解できん。楽しく遊んでいる子供が可哀想とか、そういう感情はないのかね。嘆かわしい』 『子供も子供で、俺たちが石積み倒すの期待の眼差しで待ってるしな。ついつい悪役顔を作っちまう』 『お前、悪役とか言いながら、滅茶苦茶格好つけてるだろ。それがいかんのだよ』  三人の鬼は良く見ると結構カッコイイ顔をしている。大勢の人の前に出るようになってから、毎日三途の川で禊ぎをして身だしなみを整えていると聞いた。 『賽の河原で石を積むのは親より先に死んだ子供だろ? 何で生者が石積んでるんだ?』 『それは賽の河原を誰もが体験できるアトラクションにするって、説明されただろ』 『本気で意味がわからん。大体、何でここら一帯を観光地にしたんだ?』 『何でも偽の三途の川が作られているらしくてな。騙されて異世界やらに連れていかれる魂が増えたらしい。本物と区別してもらうために生きているうちに事前見学して間違えないようにしてほしいという趣旨だそうだ』 『……こっちの方が逆に胡散臭くなってないか?』 『それは言わないお約束だろ。お偉いさんの考えることは、俺たちにはわからん』  まさか偽の三途の川が作られているとは知らなかった。でも、こっちの方が胡散臭くなっているというのは密かに同意。 「今日の料理は何にしましょうか」 『今日もおすすめでいいぞ』 「ありがとうございます」  実は三人の為にハンバーグを仕込んでおいた。密かに名づけるなら『賽の河原の積みハンバーグ』。慎重に料理を出すと三人が歓声を上げた。 『おお。ハンバーグが三段積まれているぞ』 「もっと積み上げてみたかったのですが、私が積めるのは三段だけでした」  昨日五段に挑戦してみたら、皿を持ち上げた途端に崩れたので断念した。  一段目は牛と豚の合挽き肉をよく練ってふんわりジューシー。二段目は豆腐入りでふわふわあっさり。三段目はこねないで肉の粒感を残しツナギを極限まで少なくして肉そのものの味を守り、低温でじっくり焼くことで肉汁を閉じ込めた。  出来上がったのは三種類の味と食感とジューシーさが楽しめるハンバーグ。デミグラスソースと和風おろしのさっぱりタレの二種類を添える。  雑穀入りのご飯と副菜。野菜の味噌汁、たっぷり食べられる温野菜のサラダで肉とのバランスを取った。 『おお。全部味が違うのか』 『これはいい。飽きがこない』 『倒さず食べるのは意外と難しいものだな』  喜んで食べてくれる姿がとても嬉しい。体格に合わせて大きめに焼いたハンバーグは綺麗に三人の胃の中へと消えた。  食後の緑茶を飲みながら、三人がしみじみと口を開いた。 『積まれたハンバーグ見てたら、昔を思い出した。昔は良かったなぁ……純真な子供が、親の為に一生懸命石を積んでた』 『でもなぁ。俺たちが石積みを崩したら目に涙をいっぱい溜めて、また石を積む姿が切なくてなぁ』 『石を積みながら歌う声が、それはそれは可哀想だったが懐かしい』  鬼たちが懐かしむ子供たちの姿を想像すると切ない。どちらかというと、今の楽しい方が良いような気がする。   「今のアトラクションなら、罪悪感がなくなったのではないですか?」  先日見た賽の河原は、明るい笑い声に満ち溢れていた。 『……そういえばそうだな』 『罪悪感は減ったな。心は軽い』 『そうか。胃痛を感じなくなったのはそのせいか』  明るく笑い声をあげた鬼の姿に、私も笑みが零れた。
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