第四話 船頭に贈るあつあつ鴨ネギうどん

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第四話 船頭に贈るあつあつ鴨ネギうどん

 昔は一人から三人乗りの木舟が主流だった三途の川の渡し船は、今では大きな客船になった。死者の魂が観光を終えてからなので、一度にまとまった人数が集まる。船酔いする者は白い大型バスで橋を渡るルートを選択することもできるらしい。 『木舟の時は一人乗せるだけではもったいないからと、ついでに乘る者はいないかと探したものだが、今では船着き場に集まってくれるから楽になったなぁ』 『本当になぁ。暴れて川に落ちる者もいない』  渡し船の船頭たちは、黒くて立体的な人影。目の辺りにぼんやりとした光が宿っている。完全な影ではなく、箸も持てるし口もある。  黒地に金色のラインが縫い付けられた船長のような制服に、帽子を被る姿が意外と凛々しく見える。昔はそれぞれが違った着物を着ていたらしい。   船の雑事は人型にはなれない影が行っている。五十センチくらいの丸くて黒いホコリのような、ウニの影のようなものが椅子の一つを占拠して、細い針金のような手を伸ばして緑茶を口元へと運んでいた。  不思議な姿の船頭たちがやってくるのは午後三時頃。昼と夜の間に人目を避けてやってくる。 「今日は何にしましょうか」 『そうだなぁ。何か温かい麺類がいいなぁ』 『俺も同じのでいいかな。あ、こいつも同じで』 「はい。承りました」  船頭たちの手は氷のように冷たくて、いつも温かい料理が食べたいとリクエストがある。今日は、ほっこりやさしい味であつあつのメニューを用意している。密かに名づけるなら『船頭に贈るあつあつ鴨ネギうどん』。  長ネギを三センチに切って、フライパンで焼く。小鍋に出汁を入れ切った鴨肉としめじを入れて煮る。うどんを茹でながら、汁を醤油や酒で味を調えて片栗粉でとろみをつけて焼き目がついた長ネギを加えてひと煮立ち。  大き目の丼にゆで上がったうどんを入れ、ほんのり甘辛でとろりとした汁を掛ける。鴨肉としめじ、長ネギを並べて青みに三つ葉をぱらり。すりおろしショウガと青ネギを小鉢で添えた。 『ああ、これは温かい。体の中から温まるよ』 『この甘辛い味が鴨肉に合う』  船頭たちは、熱い汁をたっぷり含んだネギも平気らしい。途中でショウガと青ネギを加え、味を変えて楽しむ。  丸い影も器用に箸と丼を持って、赤い割れ目のような口へうどんを運ぶ。丸い光の目が細められて山形の弧を描き、椅子の上で体を上下に震わせる。これは美味しいという意思表示。 『ショウガが加わると、また違った味わいだ』 『本当だ。これは良いなぁ』  とろみをつけた汁は、すべてを飲み干すまで温かさを保ってくれたらしい。綺麗に空になった丼を見ると嬉しくなる。  食後の緑茶を飲みながら、船頭たちは話しだす。 『三途の川は岸は浅いが、中央が深くなっていてな。この一番深い真ん中で魂が落ちると面倒だ。元の世界に戻れるという話もあるようだが、それは稀というより、これまで数例しかない』 「え……戻れないなら、どうなるんですか?」 『大抵は川底に巣食う者たちに魂を喰われる。そうならんように可能な限り助けはするが、我らも喰われるから命懸けだ』 「ピラニアみたいな何かがいるんですね……」 『魚の姿とは限らんよ。人の姿をしている者もおれば牛馬の姿の者もおる。頭にチョウチンをつけたペンギンのような者もいて、暗い水の中、光で希望を与えてパクリと喰らう』 『全部喰われてしまえば、それはそれで諦めもつくが、一部だけ喰われて助かるのが不憫だな。魂が一部でも欠けると人として生まれ変わることができんから、虫や動物からやり直しだ』 『こいつも昔は我らと同じ姿だった。落ちた魂を助けて、自分が半分喰われた』  針金のような手で緑茶を飲んでいた丸い影が、頭を掻くような仕草をする。 「元に戻らないんですか?」 『そうだなぁ。あと五十年ばかりすれば戻るかなぁ』  明るく笑う船頭たちに悲壮感がなくてほっとする。早く元の姿に戻れますようにと、心の中でそっと願った。
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