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一
それはまるで牙を剥いた獣の群れのように、容赦なく獲物を捕らえては、次々と喰い殺すように、激しい勢いで風に煽られ、有りと有らゆる物を焼き尽くしている。紅蓮の炎は舞い、明か明かと夜の闇を照らしている。ゴォゴォと炎が啼く聲にパチパチと建物が焼け落ちてゆく音と逃げ惑う人々の悲鳴と叫び声が入り乱れていた。
「早く水を!」
「消し止めろ!」
火を消そうと躍起になっている者、この混乱の隙に逃げ出そうとする者、恐怖で身動きができずにいる者がいた。
「旦那様!」
「奥様! お嬢様!」
下男と下女は大急ぎで、屋敷の主たちを避難させようとしていた。
「さぁはやっく逃げなさい」
「あ、あ、あなた、」
動揺する妻に、
「いいから早く!」
「お父様は?」
「消火を行う。さぁ行きなさい!」
娘は母の手を握ると、
「行きましょう、お母様」
元長の妻は不安げな眼差しを夫に向け、使用人と共に炎に呑み込まれてゆく屋敷から避難した。
真っ赤に燃える炎は、その手を伸ばし裏庭に立つ大樹を掴もうとしていた。
熱い。
火の粉が大樹に縛り付けられている琉楽に降りかかる。屋敷の者たちは口の利けない彼女のことを失念していた。
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