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トラウマ
「ねぇ、キョウちゃーん、お金、貸してくんね?」
「え……昨日貸したのは…?」
「あんなのゲーセンですぐ消えちゃうよ。」
「でも、僕貯金したくて……」
「貯金はいつでもできるだろぉ?
俺らは今日遊べなくて困ってんの。」
「でも…」
「頼むよ、キョウちゃ〜ん。お金かーして。」
「う…分かったよ…。」
「さっすがぁ〜」
僕は調子に乗っている奴らの奥で、
静かにこっちを見ている人に声をかけた。
「あ、あの、佐伯くん…?」
「ん?」
「お金、返してね…」
聞いてくれるわけがなかった。
貸したお金は1円も返ってこない。
分かってた。
その後も小遣いを奪われ続けて、挙げ句の果てには集めていた漫画を売らされた。
悔しいなんてものじゃない。
悲しくて、情けなくて、腹が立って。
空っぽになった本棚を前に涙も出なかった。
そこで初めて我に返った。
そもそも何で言いなりになる必要がある。
あいつらの言うことなんか聞かなくていい。
2度も言いなりになんてなってやるものか。
そう意気込んで登校したら何が起きたか。
まず、持ち物は全てゴミ捨て場に捨てられた。
体育の後、教室に戻ると脱いだ制服がない。
弁当も。ゴミ箱の中でひっくり返っていた。
上履きは何度買い替えても無くなった。
クラスで1番かわいい澤井さんの水着が無くなって、僕のバッグから発見された。
先生に叱られる僕を見て、先生には聞こえないように、佐伯くんたちは笑った。
それでも毎日地獄に通い続けたのは、
1人で僕を育ててくれる母に心配させたくなかったからだ。
佐伯くんは、とてもキレイな顔をしていた。
僕を見るときも、
何も間違ったことをしていないみたいに、
冷静で、淡々としていた。
せめて、せめてそのキレイな顔を、意地悪に歪めて僕を見てくれていたなら。
他の奴らみたいにニヤニヤ下品に笑ってくれていたなら。
苦しいことに変わりは無くても、
まだ、こんなトラウマを抱かずに済んだかもしれないのに。
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