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高校デビュー
入学式の日。俺は瀬尾くんに初めて会った。
隣の席に座って、
「あの、細田って言います。よろしく。」
と声をかけた。
読んでいた本から視線を上げて、
「あ、えと…瀬尾です。」と言って、小さく
ペコリと頷くと、また本を読み始めた。
そして急にこっちに向き直ったかと思うと、 「あの、細田…くん、なら席ここじゃないと思う…。たぶん…あっち…」と言った。
「えっ!あっ、後ろの方か。ありがとう!」
そして正しい席に向かった。
瀬尾くん。顔はこっちを向いていたけど、
目を合わせようとしなかった。
話すのあんま好きじゃないのかな。
「よし、じゃあ、係決めも終わったことだし、1年間、楽しくやっていこう!
それじゃあ、クラスの名簿を配るから、
名前とか早めに覚えろよ〜!」
回って来た名簿に目を通して、「瀬尾恭加」の文字に目が止まる。瀬尾くんだ。
瀬尾…恭…加。きょう…か?
まさかね。と口の中で小さくつぶやいて、プリントを2つに畳んでかばんに突っ込んだ。
まさか、君がキョウちゃんですか?なんて、聞くわけにもいかないから。大体、昔の事すぎて、苗字も知らないんだから。どうしよ。
高校生なんだから、ちょっとはモテて来なさい、とお節介な姉がセットしてくれた髪を弄りながら、ここ数日間の瀬尾くんを見て分かったことを考える。
「はぁ……」溜め息が重い。
瀬尾くんは、人見知りをするけど、中でも特に、所謂陽キャ、が苦手みたいだ。学年で1番のイケメンとして、入学1週間で名が轟いている早坂くんに話しかけられて、終始ビクビクしていた。なぜ自分がここまで瀬尾くんを気にしているのかは分からないが、どうしても仲良くなりたいのだ。
「はぁ……」鏡を見てまた溜め息を吐く。
自分で言うのも変なことだが、俺は顔がキレイらしい。キレイかどうかは別として、母親に似て女性的な顔立ちであるという自覚はある。顔を見た女子に声を掛けられるのが鬱陶しくて、メガネをかけるようになったがこれがまぁ、効果抜群だった。
「この髪のおかげだな。」
そう、俺は生まれつきクルクルの巻き毛である。これは父方の祖母に似た。今はセットしてあるから、なんとか収まっているが、何もしなければ、ただのボサボサ頭である。
そのボサボサ頭でメガネを掛ければ、余計な注目を浴びずに済むというわけだ。
穏便な生活を送りたい俺にとっては最強の蓑である。
「明日からはメガネかけるか。」
無理にテンション上げてたけど、もういいや。
こうして俺の高校デビューはほんの1週間で幕を閉じる。
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