7、捨てられた思い

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紗英は俊昌と隣り合って白いベッドに座り込んでいた。あれからしばらく悠人と3人で話し、悠人はあとはふたりで話してくれと言わんばかりに病室をあとにした。 「秋斗は…どうしたかったんだろう…」 紗英は俊昌に目線を合わせず、呟くように問う。どことなく、俊昌の前で秋斗のことを話すのは若干の後ろめたさがあったからだ。だが、秋斗の記憶を引き継いだであろう俊昌ならなにかわかるのではないかと、その質問を投げかけずにはいられなかった。 「秋斗は、たぶん、ずっと紗英のことを見守ってた」 俊昌は表情を変えずに答えた。その言葉に紗英は首をかしげる。 「そうなのかな…あんまりそういう風には見えなかったけど…」 「秋斗の記憶を見てたからわかる。あの廃ビルで何か月も暮らしてたんだろ?あいつの視線の先にはいつも紗英がいたよ。たぶん相当気にかけてたんだと思う」 紗英は顔をしかめて胸元をぎゅっと握った。 「それに、秋斗は紗英を守るのに必死だったんだと思う。あいつ、紗英を守ろうと焦ったときは『彩佳』って紗英のことを呼んでただろ?」 紗英はハッとする。確かに自分たちは捨て子だと、紗英に言い聞かせながらも、何度か秋斗に『彩佳』と呼ばれたことがある。 一度は公園前で男4人組に二人が襲われたとき。 それに、紗英が秋斗に殴られる直前だ。 「守ろうと思ったとき…なのかな?そうは思えないけど」 紗英はあのときの痛みを思い出すように頬に手を当てた。 「紗英を殴ったときだろ?紗英はそうは見えなかったかもしれないけど、俺にはあれは紗英を守るためだったように見える」 思わず紗英は「え?」と声を上げた。紗英を守るために殴った、なんてことがあの状況でありうるのだろうか。 「どういうこと?」 「秋斗、紗英が彩佳を殺せなかったとき、その失敗を隠そうと必死だっただろ?あいつも言っていたけれど、あれは宏輝がその責任を負わせて、紗英に汚れ役を押し付けられないようにするためだ」 紗英は眉を顰める。その話なら秋斗から聞いた。そのときは自分のためか紗英のためかはわからないと言っていたが、秋斗が消えてから宏輝に悠人を殺す役割を押し付けられたことを考えると、彼の懸念は妥当だったのかもしれない。 「秋斗が殴ったとき、紗英、『悠人たちのために捨て子として生き続けよう』って必死に訴えていただろ。それを聞いた時の宏輝の鋭い視線は秋斗の記憶にもはっきり残っている。たぶん焦ったんだろうな。あのまま紗英がそれを訴え続ければ、宏輝は紗英を傷つけかねないと恐れたんだよ」 紗英は息を呑んだ。そして殴られた後の秋斗の言葉を思い出す。 ――少し落ち着いて考え直せ。また一晩寝て出直してこい。話はそれからにするぞ。わかったな、宏輝。 あのときは紗英の考えを全否定し、怒りのままに殴られたかと思った。だが、今一度秋斗の言葉を思い返せば、それはまるで話を先送りにし、その場を一旦落ち着かせようとしているようにも聞こえる。 「そんな…」 声を震わせる紗英に俊昌は微笑した。 「秋斗、相当焦ったんだろうな。紗英のことを彩佳って呼ぶし、あそこまで勢いよく殴る必要もないのにな」 「でも…!」 紗英は気持ちが焦り、俊昌の顔を見上げる。 「でも、私、秋斗に振られたんだよ?俺たちはあくまで協力関係だって、私の手もつないでもらえなかった…」 俊昌はまた真剣な表情に戻り、なにか思い返すような遠くを見る目をして、考えるように口元に手を当てた。 「秋斗が消える直前、あいつは俺に言ったんだよ。俺も意識を失う直前で、朦朧としていたんだが、あの言葉はしっかり覚えてる」 「消える前の秋斗の言葉…?」 紗英は目を見開く。あの公園で秋斗が消える直前、紗英が駆け寄る前に秋斗の横に倒れる俊昌になにかを伝えているのを見たのを思い出した。そのとき紗英は彼らから距離が離れていて、口が動いていることしか認識でいなかった。 俊昌は少し苦し気で、切なそうに眼を細めて俊昌にとって秋斗の最期の言葉を話した。 「『俺たちがいると彩佳を不幸にする。俺が消えても、彩佳から、紗英から身を引いてほしい。』秋斗は俺にそう言ったんだよ」
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