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一瞬、何も聞こえなくなった。
思いもしない秋斗の言葉に、その意味がからなくなり、思考が停止する。
「秋斗がいると私が不幸に…?どういうこと?」
その真意を問うが、俊昌は口を噤む。そして口元に手を当てたまま視線を白い落として考え込んだ。
「俺には秋斗の感情はわからない。あくまでこれは秋斗の記憶による推測なんだが…」
しばらく俊昌が考え、沈黙が続いたあと、俊昌は口を開いた。
「捨てられる直前、自殺した由紀を追い込んだのは自分だって、紗英は思い詰めてただろ?それを俺に伝えたとき、それは俺のせいだって思ったんだよ」
俊昌はうつむいたまま眉間に皺を寄せ、苦し気な表情を浮かべる。紗英は由紀の自殺の知らせを聞いた日、学校の階段室で俊昌を責めてしまったことを思い出した。
「由紀が二股してるって嘘の噂がクラスの間で浮き上がったのは…多分俺のせいなんだ。だれかがその噂を焚きつけたっていうのはおそらくあるんだろうけど、きっかけを作ったのは多分俺だ」
「え…?なんでそれが俊昌のせいになるの?」
紗英は意味が分からずたじろいだ。
「俺はたぶん女心が分かってない。どうすれば女子が喜ぶとか、どうすれば女子が俺を好きになってくれるかも、好意を寄せられている女子をどうやって拒絶したらいいか、あんまりわかってないんだ」
珍しく弱気な俊昌を見た気がした。
彩佳と付き合う前も、俊昌は確かにみんなに優しく、その距離感も近い。逆に言えば、彼はわかっていないからこそ、その女心をくすぐる行動を意図もなく、簡単に、だれにでもしてしまうのだ。
「噂がたつ前、俺が何気なく由紀に接していたのを見た誰かが、それを勘違いしたのかもしれない。俺が由紀に好意を寄せているって見えたかもしれないんだ。それを二股している噂として誰かが焚きつけたんだよ」
俊昌の片手が白いベッドのシーツを強く握りしめるのが見えた。
「だから由紀を殺したのは俺のせいだって、彩佳が苦しみ、捨て子を生んだのは俺のせいだって、秋斗はおそらくずっと思い悩んでいた。それで秋斗はきっと思ったんだよ。これで俺を殺すことで元の生活に戻れたとしても、彩佳と付き合えば同じことをまた繰り返してしまうって」
俊昌の声は苦しげだった。俊昌が秋斗が捨てた原因はきっとこのあたりにある。そしておそらく秋斗が紗英を拒絶していた理由だ。
「私のために…?」
「ああ、また元の生活に戻って、紗英と付き合えたとしても、また誰か勘違いして別の人と二股してるだなんて嘘の噂が流れるんじゃないかって不安だったんだと思う」
紗英は思わず声を漏らした。そして文化祭準備の日、俊昌の振りをして紗英に謝った秋斗の言葉を思いだす。
――俺は彩佳を愛してる。どんなことがあっても、何が起きようともずっとずっと大好きだ。だから幸せに生きてほしい。そのために…いや、そのときは、もしかしたら俺はどこかに行っているかもしれない。けど、どうかそれでも幸せに生きてほしい。
口元が震えた。
どこかに行っているかもしれない。
あの言葉は秋斗が俊昌を消してすり替われたとしても、紗英とは恋人関係にはなれないということを示していたのかもしれない。
自分は紗英とはもう恋人として付き合えない。
けれど、紗英を想うこの気持ちはどうしても伝えたい。
紗英への想いを伝えたくて、
紗英を焦りのあまり殴ってしまった秋斗は謝りたくて、
俊昌の振りをしてまでしてこの言葉を伝えたのだろう。
秋斗として伝えてしまえば、それはいままで紗英を拒絶してきたことに反してしまい、かえって紗英の心を乱すことになるからだ。
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