7、捨てられた思い

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「馬鹿…」 紗英は湧き上がる思いに肩を震わせる。 「そこまでするんだったら…消える前に好きだなんて言わないでよ…」 ずっと紗英は想われていた。 廃ビルで拒絶されたときも、殴られたときもずっと秋斗は紗英を想い、自分の心を殺して紗英を守ろうと必死だった。 けれども、そんな秋斗も最期に心を殺せなかった。消える直前に、この想いを紗英に伝えたいという気持ちを抑えきれずに「好きだ」といってしまったのだろう。 「私だってあなたが好きだよ…一緒にどうすればいいか考えたかったよ。いつもそう…ひとりでかかえこまないでよ…」 思わず湧き上がる悲しみに声を震わせて今はいない秋斗に話しかける紗英の肩に俊昌が手を置いた。 「秋斗はずっと紗英の幸せを願ってた。でもそれは俺も一緒だ。秋斗の心は俺の中にないかもしれないけど、その記憶と想いを受け継いでる。俺だって紗英を幸せにしたいと思ってるんだ。俺はそれを秋斗と違う方法で成し遂げてみせる」 紗英は少し悲し気な表情を見せる俊昌を見上げた。 「秋斗の記憶が気付かせてくれた。俺は自分の弱さを自覚して、紗英と悩んで、たくさん話して歩んで生きたい。もう一人で抱え込んだりしない。紗英は俺を頼ってほしいし、俺が悩んだときは頼らせてほしい。それに俺が間違えたときは叱ってほしい」 紗英はあの初めて喧嘩した日を思い出す。 俊昌は昔からすべてを話さない。 自分で抱え込み、自分自身の力で解決しようとする。彼は高校生離れしたその性格から、ほとんど自分で解決しまい、紗英はそこに入る余地がなかった。 だが、俊昌は今、頼らせてほしいと言った。 自分自身と向き合い、己の弱さを知った。それはきっと秋斗の生きた記憶が俊昌をそうさせている。そんな彼が紗英にはまるで秋斗が俊昌の中にいるような気がした。 俊昌は紗英の手を握って、少し不安そうにその瞳を覗き込む。 「俺じゃだめか?」 秋斗の言葉に紗英の身体の力が抜けていくのが分かった。紗英はにじみ出る涙を拭い、大きく息を吸うとそれをゆっくりと吐いた。 「私、あなたに振られたままなんだけど」 紗英は笑顔を見せ、その返事を待つように俊昌の瞳を見つめる。俊昌は紗英の言葉の意味を理解したのか、ふっと息を漏らすと穏やかな笑顔を見せ、やがてその眼が真剣で真っすぐな眼差しに変わった。 「紗英、好きだ。また俺と付き合ってほしい」 その刹那、俊昌の表情が、初めて彼に告白された体育館横での姿と重なった。 紗英はその言葉を聞いて微笑むと、ゆっくりと俊昌に顔を近づけて目を閉じ、彼と唇を重ねた。 そのまましばらく唇を重ねたあと、紗英は満面の笑顔を浮かべた。 「私も好きだよ。俊昌。こちらこそお願いします」
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