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その日の夕方、紗英は俊昌の病室を後にすると学校の近くに位置するファミレスに梨乃を呼び、テーブル席に座っていた。
昨日、梨乃のことが心配になり、廃ビルに行こうかと考えたが、そこに宏輝がいることを考えると自分の身が危ないのではないかと思い、梨乃に会うことを諦めていた。
しかし、梨乃が公園での作戦において、悠人の携帯電話を盗んでいたことを思い出し、試しに悠人の携帯電話に電話をかけると、案の定梨乃が出たのだ。そこで話がしたいと、このファミレスに呼んだ。
「いつもごめんね…紗英ちゃん」
梨乃はオーダーした定食がテーブルに運ばれると、少し申し訳なさそうにそれを食べ始める。
紗英が彩佳を殺してから、紗英は捨て子の生活を気にして定期的に梨乃たちにお金を渡していた。紗英が毎月母親から貰う小遣いでは捨て子の生活に十分な金額ではなかったが、これですこしでも梨乃が物を盗まないで済めばと思い、お金を渡し続けていたのだ。
「いいよ。梨乃だって大変なんだから」
紗英は1番安いデザートのプリンを頼み、それが運ばれてくるとテーブルの端のケースに入ったスプーンをとった。
「梨乃、ご飯食べれてる?夜は寝れてるの?」
梨乃を心配する紗英の問いに、梨乃の頬がほころんだ。
「大丈夫だよ。紗英ちゃん、なんかお母さんみたいだね」
「お母さんって…私は梨乃が心配なの!」
必死に話す紗英の様子に梨乃は笑みを浮かべた。
「紗英ちゃん、なんか明るくなったね」
「え?」
梨乃に見透かされ、紗英はプリンの一角をスプーンですくおうとして動きを止めた。
「あの計画のあと、何があったの?」
紗英は頬を緩めた。
「私、悠人と今後どうすればいいか、考えてみることにした」
その言葉を聞いて、梨乃は安堵したように息を漏らすと、紗英に微笑んだ。
「悠人くんと?それが紗英ちゃんのやりたいことなんだね」
「うん。宏輝の指示ばっかり聞いてるだけだったから、悠人の気持ちも知ってみたいと思って。それに俊昌も目を覚ましたの。私、俊昌とまた恋人関係に戻ることになった」
梨乃は嬉しそうに声をあげると、机に前のめりになって目を輝かせた。
「そうなんだ!きっと秋斗くんもそう願ってるんじゃないかな。私もなんか嬉しい」
「どうだろ…文句は言われるかも」
俊昌と話して秋斗の思いを知った紗英はそう言って微笑した。
「私も、決めなきゃだね」
梨乃が視線を天井に向けた。その瞳を紗英は見つめる。
「梨乃は、どうしたいの?」
紗英はあの夜悠人に聞かれた質問をそのまま梨乃に投げかけた。梨乃はその質問に考え込むように少し間を置くと、その視線は紗英に向けられた。
「私は…」
梨乃が言いかけて口を開いたまま固まった。そして何かを飲み込むかのようにその口を噤む。
「私もやりたいこと決めなきゃだよね」
その飲み込んだであろう言葉に紗英は首を傾げた。梨乃は少し俯いて続けた。
「多分、決めるって勇気のいることだよね。なにかを決断するのって、きっと同時になにかを捨てることにもなると思う。それを決断できた紗英ちゃんは強いよ。本当に尊敬する」
梨乃が話していくのと共に、その瞳の深みが増していく。また、どこか遠くを見るような目をしていた。
「私は正直、捨てるのが怖いよ。頭でわかっててもどうしても怖くて動けなくなっちゃう」
少し不安げな表情を見せた梨乃が確固たる思いを宿した瞳を紗英に向けた。
「でも、私も決めなきゃ。紗英ちゃんがしたように、私もやりたいことをやらなきゃ」
紗英はそのとき見つめた梨乃の光を宿した瞳にどことなく一抹の不安を覚えた。
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