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エベレストにて
エベレストは寒かった。薄っぺらい幽体が瞬間冷凍してしまうくらい寒かった。
「ねえ愛、人は何で山に登りたいって思うんだろうね」
「本当だよ。こんなに寒くて酸素もなくて。幽体だからひとっ飛びで来られるけど、生身の体で何日もかけて登るなんて正気の沙汰じゃないね」
重たいリュックを背負い険しい道を全行程徒歩。トイレも無ければお風呂も無い。フカフカのベッドも無い。一歩間違えば崖下へ真っ逆さま。人は何を期待して山になんて登るのだろう。
「ではご本人様に聞いてみましょう」
「は?」
「ほら、たくさんの登山者がいるわよ〜」
崖下を覗くと何体もの幽霊が……。心霊スポットの穴場だ。
「今日はみんなを成仏させてあげましょう」
「は〜い」
深い崖もふわりと移動し、私は遭難者さんの元へと近づく。
「おお、やっと救助隊が来てくれたのか」
「まあある意味救助隊かもしれませんが」
「ん? 若い女性の救助隊員なんて珍しいな。それに君はそんな軽装で寒くないのか?」
遭難者さんはゴソゴソとリュックの中からカッパを出して私に寄越した。
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