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「ごめんなさい。私医者じゃないからこんな事くらいしか出来ませんが」
痛がる男性の膝にポケットに入っていたハンカチを巻いた。こんなんで痛みが治まるとは思えないが。
「ありがとよ。あと一歩で頂上って所で落っちまったんだ。足さえ何でもなかったら登るんだけどな」
男性は頂上に到達出来なかった事が無念で成仏できないらしい。
「何で落っこちちゃったんですか?」
「それがな、エベレストって物凄く渋滞するんだよ」
「え?」
「頂上なんてほんの狭い場所なんだ。続く道も両側断崖絶壁の細道でな。そこをたくさんの登山者が押し合いへし合い歩いている。頂上着いたらさっさと下りればいいものを、みんな記念写真を撮りたがるんだ。早く登頂しなきゃいつ天気が変わるか分からない。夜になったら下りるに下りられなくなる」
「じゃあその渋滞に巻き込まれて落っこちちゃったんですか?」
「ああ。あと一歩だったのになあ」
悔しそうに男性は頂上を見上げた。
「今なら夜中で誰もいませんよ。今なら行けます!」
「でも足が動かないんだよ」
「大丈夫です。もう治ってますよ」
私の言葉に男性は恐る恐る足を地面についた。そして立った。
「本当だ! 全然痛くない!」
男性は力強く地面を踏みしめ歩き始めた。
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