エベレストにて

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「それ? どれ?」 「悩みが小さいとか、価値がないとか」 「でもそうじゃん。この雄大な自然の前じゃ私の悩みなんて砂粒以下だよ」 「愛と自然とは別物。一緒にする方が間違ってる」  それはそうだ。 「高い山に咲く花が見たいとか人に褒められたい、ってのはどうよ? 大きい? 小さい?」  まあ、大きいとは言えない。私には命を懸けるほどのものには思えない。 「でも本人たちにしたら大問題だった。それが自分の存在する理由だった」  他人から見たらちっぽけな事だが、本人たちにとっては命にも代えがたい事だった。私は……私は先輩を桜に取られないために命をかけられるだろうか。いや、そこまではしない。ならば私の希望は"花が見たい"、"褒められたい"よりも小さなものなのか。 「私たち守護霊から言わせれば無茶をして命を落とすなんて言語道断。でも今日成仏させたどの霊も、自分が死ぬなんて思ってここへは来ていない。達成できた自分を思い描いて来ている。国へ帰って英雄のように迎えられる自分を想像していた」  ほんの小さな事も突き詰めて成し遂げれば喜びに変わる。その喜びを得たくてみんな山に登ったのだ。
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