縫合された人々

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首や体、至る所に縫い後がある主人公の少女は昔から忌み嫌われていた。 普通のスクールに通う事もままならず、臨時で開講されたスクールに行くも、そこでも厄介者扱いだった。 ある時、帰り道でばったり、近所のおばさんに遭遇した。そのおばさんは自分が幼い頃に引っ越して行った人だった。 久しぶりだと思い、声を掛けようとした瞬間だった。おばさんの顔や首にはおびただしい程の縫い跡があった。 それに何処か、気味の悪さを感じた主人公は気づかないフリをして通り過ぎようとした。その時、そのおばさんは「あら、〇〇ちゃんじゃない?」と声を掛けてきた。 振り返ると幼い時に見た優しい笑顔がそこにあった。なんとなくホッとした主人公は笑顔で「お久しぶりです」と短く答えた。 それから、そのおばさんとはスクールの帰りに良く会うようになった。 そんなある日、おばさんと別れた後、小太りの女性がおばさんの元へ近付いて行くのが見えた。主人公は思わず、路地へ隠れた。小太りの女性は首や胸辺りに縫合跡が残っていた。 「私、この間どうしてもラーメンが食べたくてラーメンを食べたのよ」 「あら、ダメじゃ無い。暖かい物や汁物は漏れてしまうのよ」 「そう。でもどうしても食べたかったのよ……今は暑いし、臭いも出てしまうと思ってヒヤヒヤしたんだけど、あの人、全然気づいてくれなかったの」 「そう、だったら仕方ないわね。だって、それはあなたに対する冒涜だもの」 主人公はふと、小太りの女性が握る何かに気づいた。それに気づいた瞬間、静かにその場を去った。帰り道で、何人もの人々とすれ違った。そのほとんどが縫合跡がどこかしらにあった。そうした人達は何処か虚な目をしていた。 小太りの女性が持っていたもの。あれは男性の頭部に見えた。滴った血が地面に溜まって行く様子を気にもしない通行人や返り血でベタベタな女性を前にしても顔色一つ変えないおばさん。この町は何かがおかしい。帰宅して、直ぐに休む事にした。早めに確認しなければならないことがある。 スクールは8人程度しか生徒が居ない。何んらかの理由で普通の学校に行けなかなった者達だ。皆が少しずつ登校して、着席し始めた中で主人公は息を呑んだ。教師も生徒7人も皆縫合跡があったのだ。 「〇〇君は今日は手術でお休みです。皆さん、成功するのを祈りましょう」 「はい」 皆は教師の掛け声に合わせて祈りを捧げていた。主人公も皆と同じように合わせて、目を開くと目の前に教師の顔があった。瞳孔が開ききった瞳と人形のような温度の無い無表情さに一瞬息が止まりそうに成る程恐ろしかった。 「ちゃんと祈りは捧げましたか?」 「はい」 主人公がそう答えると教師は満足気に去り、普通に授業が始まった。そして、終わった。 恐らく、手術をするという男子生徒も翌日には正気を失っているのかもしれない。縫合跡がある人々は恐らく生きている人間では無いのだ。だが、なんらかの方法で蘇った。と言うかこの縫合手術は何の意味があるのか。そんな事を考えながら歩いていると、何かにぶつかった。顔を上げるとそこには近所のおばさんが居た。 「おかえり。学校はどうだった?」 優しい微笑みを向けるおばさんの顔や首には不釣り合いな縫合跡とそこから何かが染み出している。その後ろには昨日居た小太りの女性と見知らぬ男性の姿があった。 「ただいま。別に普通よ」 そう言って、その場を離れようとした時、おばさんに手を握られた。 「あなた、何か隠してない?」 そう問いただすおばさんの顔は今日、教師が自分を間近で見た時と同じものだった。ゾッとしたがそれを態度に出さないように満面の笑みを浮かべて「何も隠してないわ」と答えた。 「そう?それなら良いけど。何かあったら相談してね」 「ありがとう」 必死に取り繕い、何とかその場を後にした主人公は出来る限り最小限の荷物を持って町を離れた。 それから5年ほどの月日が流れて、主人公は都会で仕事を始めて居た。駅のホームで上司と仕事の連絡をしながら歩いている時だった。 ふと、首もとに大きな縫合跡がある人物が目に入った。その人物の顔を見た瞬間、主人公は一気に凍りついた。 あの町で縫合跡がある人々が見せた虚な瞳をしていたのだ。その冷たい瞳がキロリと動く前に主人公は電話を再開して歩き始めた。 だが、電話を握る手は小刻み震えていた。 「どうしたのかね?」 上司が異変に気づいたのか、主人公にそう問いかけた。 「いえ、何でもありません」 「そうかね? なんだが声が震えているが」 「昔見た恐ろしいものをふと思い出しただけです。すみません」 「恐ろしいもの? あぁ。縫合跡を持った人達かい?」 「……え!?」 「私たちは君の敵じゃ無いよ。寧ろ味方さ。あの方が君を守るために行った手術だよ」 恐ろしくなった主人公は咄嗟に電話を切り、電源を落としてそれを噴水の中に投げ入れた。 ヒールを脱いで、大都会の真ん中を裸足で必死に走った。この町を出なくては! そう思ったのだ。路地へ曲がった時、何かにぶつかった。顔を上げるとそこには近所のおばさんが居た。 おかしい。見上げる位置が昔と変わっていない。 「探したわ。あなたが無事で良かったわ」 「な、何故……」 「あなたはその傷のせいでずっと嫌な事をされてきた。だったら、周りもあなたと同じになればそんな事にはならないと思ったのよ。だって、あなたは唯一、私に優しくしてくれた人間だったから。あなたを守りたかったの。そんなに怖がらないで。私はあなたの味方でいたいの」 近所のおばさんだと思っていた女性は人では無い何かだった。それを幼い頃の私は人だと思い、話しかけてしまったのだ。殆どの人には視えない彼女は、ずっと寂しかったのだと言う。だから、視える私と話をするのが楽しかったのだと。 そして、幼い頃に交通事故に遭ってしまった私は両親を失い、顔や体中に手術跡がくっきりと残った。それを揶揄われて随分嫌な思いもした。 今思えば、頼れる親戚も居なかった私は施設送りにされる筈だったのに何故か両親が建てた家にずっと暮らす事が出来た。きっと、彼女が私を守り続けてくれていたのだ。そんな事に今更気づいた私は、目の前の女性の首に痛々しく縫合された黒い手術糸を引き抜いた。 「な、何を!! そんな事をしたら!」 「良いの。今迄ありがとう。もう、ゆっくり休んで」 女性は愛おしそうに主人公の頬を撫でると溶けるように消えていった。 その後、連日の様にニュースでは変死事件が取り上げられた。何者かにより切り裂かれた体を無理に縫合された跡がある遺体が次々と街中で発見されたのだ。 主人公が住んでいた故郷の小さな町がその影響で廃れてしまう程だった。 世の中は怪奇事件として取り扱い恐れた。 主人公は会社を辞めて、廃れた故郷の町へと戻り、そこで一人、ひっそりと暮らした。
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