2.バレンタインの悲劇

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私が放送部に入ることになったのは、事故みたいなもの。 あれは、入学してすぐの頃。 門の前に植えられた桜は、すでにほとんど花が散り、黄緑色の葉が生え始めていた。 私が朝、いつものようにヘッドホンをつけながら、校舎内を歩いている時だった。 「ねえ、君」 音楽越しから聞こえてきたのは、空気を突き破る程のイケメン声。 ラジオやテレビから聞こえてきそうな声だったので、聞いていた音楽の中に予め組み込まれた音声だったのかと錯覚する程だった。 そのため、その声の主が自分に話しかけているのに、なかなか気づくことができなかった。 「ちょっと待って!君!」 私に話しかけているのだと知ったのは、その声の主が私の肩を掴んだ時。 恐る恐る振り返ると、過去私をいじめていたような女子ではなく、きちんとトリートメントが施された、艶やかな黒髪とセンスの良い眼鏡を身につけた男子が立っていた。 「あの、私何か悪いことしましたか?」 そう私が聞くと 「違う違う。そうじゃなくて……」 そう言うと、眼鏡の人は、私のヘッドホンを指差した。 「君、いつもそのヘッドホンつけてるよね」 「……はい……?」 何を言っているのだろう。この人は。 そんな事を思っているのが、表情でバレたのだろう。 「ごめん、急に声かけて。意味が分からないよね」 こう言う時、はいと肯定すると血を見ることになるのは嫌と言うほど知っていたので、私は黙っていた。 すると、眼鏡の人は1枚のチラシを差し出してきた。 放送部へようこそ、と書かれていた。 「君さ、音楽聞くのが好きなんだよね」 「え、はあ……」 そもそも、音楽を聞くのが嫌いな人なんて、いるのだろうか。 そんな事を漠然と思っていた時だった。 「君の好きな音楽を、校内放送で流す活動をしてみない?」 「え?」 そんな会話をしている間に、あれよあれよという間にこの日、放送部の体験をすることに決まってしまう。 「普段音楽を聞いてる子だったら、きっと面白い活動ができると思うんだよね」 「はぁ……?」 「うん、その経験を活かして、僕たちの部で活躍してみない?」 「はぁ……」 後々、これは廃部寸前の放送部を救うための苦肉の誘い文句だったことが分かるのだが、私はこの一言がきっかけで、放送部という存在を意識するようになる。 アイツを意識しないように始めた習慣。 それを、アイツ以外の誰かが気づき、活かされることもあるのだと知ったから。
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