2.バレンタインの悲劇

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放送を無事に終えることができた、ということなのだろうか。 ブースから立川さんと田村さんが、やりきったと言いたげな表情で出てきた。 目の前で繰り広げられていたのは、私がボーッと見ていたニュース番組とほぼ同じ。 原稿を読むだけではなく、内容に対してコメントを言ったり、盛り上げたり。 目の前の人達は、確かに生徒なはず。 でも、私が知っている大人の世界を作り上げている。 そんな2人の姿に、私はドキドキした。 立川さんは、機材の前でボーッとしている私に向かって 「助かったよ」 と話しかけてくれた。 「何がですか?」 「いい曲をチョイスしてくれたこと」 「そうそう!」 田村先輩も、私の前で手でグッドサインを出しながら 「私たちじゃ、今流行ってる曲流すか〜くらいで終わっちゃうもんね」 「シチュエーションに合わせて、ちゃんと合う曲を選べるなんて、やっぱり君センスあるよ」 「そ、そんなこと……」 自分だったら。 明るい話を聞くときに、静かなBGMが流れていたら違和感を覚えるだろう。 たったそれだけの理由で、私は知っているタイトルの中から、何となく合いそうというものを探して流しただけ。 例えばそれは、小説や漫画を読む時に違和感があるBGMとは一緒に楽しめないというのと、同じ感覚。 それだけだと、私は思っていた。 その事を話すと 「それが、君のセンスなんだよ」 「そうだよ!私、あんまりそういうこと気にしないもん」 「お前は気にしろ。アナウンサー目指すんだろ」 「え!?アナウンサー目指すんですか!?」 言われてみて納得だ。 田村さんの雰囲気は、テレビで見る女子アナっぽい。 「うん。子供の頃からの夢なの。アナウンサーになるために人生生きてるって感じ?」 す、すごい……。 私の子供の頃と言えば……そんな大層な夢なんか、持てなかった。 ただ、アイツと一緒にいられたら……とだけだ。考えていたのは。 「それにね」 田村さんは、立川さんを指差しながら 「こんなダサいルックスだけど、立川さんは声優養成所の特待生なんだよ」 「え!?」 「おい田村。余計な事を言うな」 「いいじゃないですか、どうせバレる事なんですから」 最近よくテレビのバラエティで、声優さんを特集する番組を見る。 だから、私でも知っている。 声優さんという仕事が、どれだけ難しくて、目指す人が多い憧れの職業であることを。 「す、すごいですね……」 「すごいわけじゃないよ。ただ、好きなだけだよ」 「好き……?」 「そうそう。私たち、原稿を1日読まない日があると気持ち悪くって」 「そう言うのが、好きって言う事なんですか?」 「ん?」 「1日でも、それがないと気持ち悪いって言うことが、好きと言う事なんですか?」 「私はそう、かな。立川さんはどう?」 「僕は、それが日常だから、好きとか嫌いとかはないけど」 「でもでも、好きじゃないと続かないですってば」 「まあ……そう言うものかもな」 私は、その話を聞きながら、自分の中にある好きを考えてみた。 音楽は、大好きだ。 聞かない日があると、気持ち悪いと思ってしまう。 それから……。 「琴莉」 あ……。 もう1つ。思い出してしまった。 数年間、脳の中だけで思い出していた声。 頭の中で響かせていた言葉。 そして、再び耳から直接入ってきた、音。 アイツが私を呼ぶ声。 「こ、琴莉ちゃん!?どうしたの!?」 「え?」 「なんで、泣いてるの?」 「泣いて……?」 私は、田村さんに言われて、頬を触ってみる。 確かに、濡れていた。
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