2.バレンタインの悲劇

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その日、お昼の放送が終わった後、私は機材の前でぼーっとしていた。 授業が始まるギリギリまで、教室に戻るのが嫌だったから。 「佐川さん、どうした?」 「立川先輩……お疲れ様です」 ブースから出てきたばかりの立川先輩の声は、少し枯れているようだった。 「今日使った曲は、僕達も初めて聞く曲ばかりだったけど」 「あ……実は……」 私は、ほぼ押し付けに近い形で渡された、クラスメイトのCDを見せながら事情を説明した。 「リクエストか……良いかもな」 「え?」 「今まで放送部では、放送する原稿のネタは募集していたけど、音楽は特にリクエストを受け付けてたわけじゃないんだ。そこまで、優先度は高くなかったし。でも……」 立川先輩は、私の頭をポンっと軽く叩くと 「誰かさんの、センスがいい音楽チョイスのおかげで、今や僕のクラスでもこのお昼の放送は評判になったんだよ。次はどんな曲が流れるんだろうってね」 私は、くすぐったい気持ちになったので、つい先ほど借りたCDをなぞってみた。 傷がついてなくて、安心した。 「よし、決めた」 「決めたって、何をですか?」 「ん、明日の放送で、呼びかけてみるよ。音楽のリクエスト」 「そんな簡単に決めていいんですか?田村先輩にも聞いたほうが……」 「ああ、あいつは即OKって言うだろうから大丈夫」 「そ、そんなもんですか……?」 立川先輩は、私の問いかけににっこりとメガネを直しながら微笑んだ。 「よし、リクエストはメールで受け付けるようにしよう。それから……」 立川先輩と私は、その後チャイムが鳴るまで作戦会議を続けた。 明日、どんな言葉でリクエストを募ろうか。 もらったリクエストを、どう使っていこうか。 まるでいたずらを仕掛けるかのように、ワクワクした。 つい数十分前に起きた、ショックな出来事で傷つけられた心が、少し和らいだ気がする。 今、この人と放送部があって良かった。 きっと、高校の間は登校拒否にならずに済むかもしれない。 アイツのせいで。 そんな、かすかな希望を抱いた。
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