2.バレンタインの悲劇

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「どう言うことですか?」 「僕の朗読で、気持ち悪いところがないかを全部指摘してほしい」 「私なんかの指摘で役に立つんですか?」 「佐川さんの耳の良さは天才だからね」 「……はぁ?」 何をどうすれば、そう思われるのかは分からなかったが、あまりにも立川先輩が 「1度だけでいい」 と頭まで下げてくるので、1度だけのつもりで、立川先輩の練習に付き合った。 そして、なんとなく思ったことを伝えた。 言い方としては 「文字と音が噛み合わない」 「なんか、しっくりこない」 という、いかに自分に語彙がないかをあらわにするような感じだったが。 でも、立川先輩はそれを全て原稿にメモをしてくれて、何度も繰り返し、私の違和感がなくなるまで読んで確認をしてくれた。 私も、1度だけのつもりだったのに、立川先輩の熱にぐいぐい心を持っていかれて、ついつい何時間も、何日も練習に付き合ってしまった。 その結果、立川先輩は初の予選突破だけじゃなくて、なんと全国大会で優勝してしまったのだ。 「君が放送部に来てくれて良かった」 と、春から夏にかけて、立川先輩も田村先輩も言ってくれた。 でも私はその言葉に半信半疑だった。 放送部は、廃部寸前だった。 新入生が一人でもいないとこの部が存続できなかったことを、入部してからすぐに顧問の先生から聞かされていたから。 大事な新入生を逃したくないからついた、お互いを傷つけない心地の良い嘘だと思っていた。 私には、言われるほどの価値はないと、思っていた。 だけど、私の指摘で立川先輩がぐんぐんと成果を上げていき、結果を出してくれたことで、私はようやく 「あ、放送部って私のこと必要としてくれてるんだ」 と思うことができた。 この部に自分が存在することが、許されたと思った。 新しい生きがいを、見つけることができたと思った。 でも。 もしも、この時にアイツのことすら忘れることができていれば。 この幸せと自信を2度と手放さなくてはいけないことなんて、なかったと思うのに。 アイツは私が忘れられそうと思ったタイミングで、気配を残していく。 アイツの好きな曲のタイトルと、アイツのかもしれないメールアドレスしかヒントがないリクエストメールが定期的に届くから。 アイツは、どんどん手が届かない存在になっていると言うのに。
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