2.バレンタインの悲劇

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結局、その日俺は琴莉に会いに行くことは出来なかった。 放課後になってすぐ、たくさんの女子たちに囲まれてしまったから。 「ねえ、松井くん?この後暇?」 「私たち、カラオケ行くんだけど……一緒に行かない?」 「ごめん、俺」 用事があるからと断ろうとした。 今度こそ優先順位を間違えたくなかったから。 でも 「え、良いじゃん。行こうよ。ね」 と榎本が俺の言葉を無理やり遮って、女子たちと俺の約束をさっさと取り付けてしまった。 「おい、何で勝手に話進めるんだよ」 俺は、すぐに榎本を廊下に連れ出し、意図を聞いた。 「だって、今日はこのクラスでの初日でしょ」 「だから何だよ」 「分からないの?」 そう言うと、榎本は俺の耳元でこう囁く。 「初日が肝心って言うでしょ。もしあの子たちが、ナオくんが自分達より下級生を優先したって言ったら……どうすると思う?」 含みがある言い回しだった。 でも俺にはその言葉の奥深くに眠る意味は伝わった。 ここでの振る舞いを気をつけなければ、琴莉がまたターゲットにされる。 もしまた、俺のせいで琴莉が辛い目に遭ったとしたら……? 今度こそ、琴莉はもう2度と、俺には近づいてくれないかもしれない。 「大丈夫だよ、ナオくん」 「え?」 「私の言う通りにしたら、琴莉ちゃんと再会できたでしょ?今度も、私の言う通りに動けば大丈夫だからさ、ね」 確かに、榎本の助言がなければ、俺は琴莉とまた同じ学校に通うことは出来なかった。 だから……。 「分かった。今日は、あいつらと行けばいいんだな」 俺がそういうと、榎本は満足げに頷きながら 「そうそう。琴莉ちゃんとはまた別の機会に一緒に行けば良いんだよ」 と言いながら、俺の手を無理やり引っ張って教室に連れ戻した。 そうだよな。 まだこれから時間を作っていけばいい。 そのための準備は確かに必要だ。 俺は、琴莉と会いたい気持ちをグッと抑え、榎本の言う通り、クラスの女子たちとの親交に時間を使った。 これも、琴莉との未来のための投資だと思えば、1日くらいならと耐えられた。 けれど、事はそう簡単ではなかった。
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