11 ユースフルラブ

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11 ユースフルラブ

 ゴールデンレトリーバーに飛びつかれ,我に返る。ベロで顔中めちゃくちゃにされてしまう。 「済みません」飼い主がハンカチを差しだす。 「……ええ?……ああ……」ハンカチを受けとり,顔を拭ってから返却しようとすれば,犬も飼い主ももういない。 「いつまで黙っているつもり――相手にしないまま放置しておくなんて悪趣味じゃないの――」 「……ええ?……ああ……」羅州の生存と絵画の消失で頭がいっぱいになり,ジュピタラーのことなど眼中になかった。「ごめん。何の話だっけ?――聞いてなかった」振りかえり,仰けぞった。  背広を腕にかけ,ワイシャツの釦を五つもはずし,首輪みたいに見えるネクタイの垂れる胸を搔きむしっている。「怒ってちょうだい! どうぞぶってよ!――ほら!」両眼を閉じ,顔を近づける。涙がぽろりとこぼれた。 「どうしたの?」 「結夢を,友人として紹介したことを怒っているのでしょう」 「ええ?……」 「あたしたちの関係が周囲に知れたら――そう思うと恐ろしくなってしまったの。忽ち本国に噂が流れ仕事に支障が出るわ。それにあたしの場合は王族だから風あたりが余計に強いの。イングランドは島国でしょう――まだまだ閉鎖的な考え方の人間が多いのよ」 「日本もそうさ――同じ島国だからね」 「結夢……あなた,何処まで素晴らしい人なの? こんな愚かなあたしを責めもしない――」全身を密着させて両手を握りしめる。「決めた。約束するわ。今度聞かれたときには恋人だと宣言するわ!――いいえ,違う。檀那さまよ!――ええ,そう,そうだわ! 誰に聞かれないでも公表してしまいましょう! マスコミを使って大々的にお披露目するの!」  両手を振りすてた。 「結夢?……」 「いーや,いや,いや,いや……」 「結夢?」 「だってありえないでしょ……聞き間違いだよね」 「何よ――何が聞き間違いなの?」 「恋人? 檀那さま? ありえないし……」 「どういう意味? 結夢はあたしの檀那さまじゃないの」  首を左右に振った。 「噓……だってキャンプ場で,河原で,愛を誓いあったはずでしょう?」 「冗談よせやい。愛なんて感情,毛頭ない。ジュピタラーに好意はいだいてる。けど,あくまでも友人としてだ――平民と王族との交友関係なんて珍しくもないし,別にお披露目なんて必要ないさ」  びんたをくらった―― 「あたしの気持ちを弄んだのね! ひどいじゃない!」ぼろぼろ涙を流す。 「一方的に盛りあがりすぎだよ」 「これ以上傷つけないで! 何て残酷な人! あなたなら――ええ,そうよ,悪夢などではないわ! 実際にあなたはしたのよ!」 「はあぁ? 何を?」 「人殺しよ! あなたのような人なら,自分にとって面倒な相手を残忍な方法で葬れたでしょうね!」 「あいつは生きてたんだよ! 僕は無罪放免だ!」 「いいえ,あなたは罪人よ! たとえ殺していなくても殺そうとしたの! 立派な犯罪が成立するわ!」 「あいつが――被害者が何もなかったって言ってんだよ!」 「恐ろしい人――美しい顔をもつサタンよ! 人の愛を利用して望みどおりに事を運ばせる――お兄さまの殺害だって疑わしいものだわ!」 「ちょっと待て! 昔のことまで話してないぞ!」 「調べたわ! 全部調べた! 電話番号も生年月日も家族関係も全部知っているわよ! あなたはお兄さまを恨んでいたのね!」 「何で僕が空告を――」 「あなたに愛を無理強いしたから」 「――よせ――いい加減なこと言うな!」 「学校関係者や近隣住人の証言が残っているわ。お母さまの自殺もそれが原因なのではなくて?」  違う,違う,違う,違う――  「あなたが仕向けたのよ――あなたが望んだから彼がお兄さまを殺した」  そんな出鱈目あってたまるか――こんな馬鹿げた憶測つきあってられるか―― 「何処に行くの? 逃げるの? 何もかも見破られて恐くなった?」蛇のように腕を絡める。「愛しているもの――だからあなたの真実を突きとめてやる。やめさせたい? あたしをどうする? 愛を利用して思いどおりにしてみれば?」
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