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5 守るべきもの
シャツを着たまま冷水を浴びていた。
獣の咆哮みたいな声に混じってドアが打ちならされる。これじゃ鍵なんて一たまりもない……
中学のとき,あいつが襲ってきたせいで,空告は行方不明になった。以来僕は苦しみつづけた。被害者は僕のはずだ。あいつが加害者なのだ。
なのにあいつが遥かに優位に立っている――おかしいじゃないか! 相手の顔色を窺ってびくびくするのはあいつのほうなのに! 何で僕の清浄をあいつに提供してやらなきゃならない?
これまでだって,魅惑的な条件をちらつかせ,背徳行為を強要する教授やアートディーラーを撥ねつけてきた。そのせいで学問の世界でもビジネスの領域でも居場所はない。でも汚れなければ満足できた。清浄という一点だけが僕を生かす唯一のよすがであったのに――
空告だって僕の清浄を守るために犠牲になったも同然だ。双子の兄を生贄にしてまで遵守した清浄をどうして今更駄目にできるのか――こともあろうに,こいつのために。
「自分が助かるために逃げたせいで空告が殺られたって思ってるんだろ?」待ちきれないで浴室に押しいった全裸の男が鏡に映っている。全身の筋肉が充血しながら隆起していた。「あの日あそこに空告が来なくても俺はとっくの昔から決めてたのさ――双子っていうだけでいつもおまえのそばにいるあいつを消してやろうって」
僕は僕のなかの最も大切なものを死守しようとするものの,決断できずに握りしめていた,折りたたみ式L字剃刀の刃のパーツをもぎとった。
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