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兄貴の車で、なんとか無事に学生寮に到着した。学生寮の門をくぐると、左が男子寮、右が女子寮のようだ。
「同じ敷地に男子寮と女子寮があるなんて珍しいね。いつでも女子寮に忍びこめるぞ」
兄貴のひと言に『しねーよ、そんなの』と、心の中で呟いた。ひとまず駐車場に車を止める。
「ありがと。荷物大してないから、ひとりで行けるし」
「えっ、せっかくここまで来たのに、部屋に入れてくれないの?」
「じゃあ、一緒に」
大してない荷物の半分を兄貴が持って、寮の入り口に向かおうとした時だった。
「あの、綾部さんじゃないですか?」
声のするほうにふたり同時に視線を送ると、女の子が立っていた。ひと目見た瞬間、すぐに誰だか気がついた。
「はい?」
兄貴は、誰だかわからないようで、間のぬけた返事をした。
「宮津です」
「宮津? えっ、理沙?」
声をかけてくれたのは、宮津理沙。社宅に住んでいた頃の幼なじみだ。
「良かった。兄ちゃんに忘れられたかと思ったよ」
理沙は兄貴のことを『兄ちゃん』、僕のことを『大知くん』と呼んでいた。
「いやぁ~! 理沙、すっかり女らしくなって! あの頃は、ぽっちゃりしてたのに。痩せたね」
「あの頃は中学生だったし! もう大学生だもん」
「もしかして、ここ?」
「うん。獣医学部で受かったのがここだけだったから、寮に住むの」
「ちょうどいいや! 大知も、そうなんだ。仲良くしてやってよ」
「よろしく! 大知くん」
ふたりの会話が弾んでいた中、なんだかこっぱずかしくて俯いていた僕の顔を覗きこむようにして、理沙が言った。
「ああ」
僕は、無愛想な返事しかできなかった。部屋に荷物を置いて戻ってくると、兄貴の車の前で理沙が待っていた。
「もしかして、ずっとここにいたの?」
「せっかく会えたんだから、お茶でもどうかと思って」
「そうだね! じゃあ、車、乗って?」
久しぶりの再会を喜ぶ兄貴は、ふたつ返事でOKした。歩いて行ける距離にお茶できるような場所がなさそうだったから、車でショッピングモールに出かけた。田舎の、のどかな風景にドンとそびえ立つそれは、なんだか異空間のように思えた。ファーストフードに入り、ポテトとジュースを飲みながら話をするふたり。僕はその会話を聞きながら、時々、口を挟む程度だ。昔はもっと、おしゃべりだったのに。自分が心を開いているのは、動物か家族だけになっていた。
兄貴は、寮までふたりを送ると、帰っていった。
「じゃあ」
理沙とふたりっきりになると、なんだか気まずくてすぐに背を向けた。
「大知くん! 連絡先、交換しよ?」
僕は言われるがまま、連絡先を交換した。
「ありがと。じゃあ、またね」
女子寮に帰っていく理沙をぼんやりと見送ると、自分の部屋に戻った。
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