新しい環境

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 カットは、無料でしてもらえた。それは良かったけれど、顔を隠す髪が無くなると、不安になった。 「その髪型、気に入らない?」  助手席で俯く僕に、八幡さんが小さな声で聞いた。 「別に」 「じゃあ、どうして俯いてるの?」 「中学生の頃を思い出して」 「久しぶりに短く切って照れくさい?」 「別に」 「似合ってるよ! イケメンなんだから、顔出したほうがいいって!」  さっきからまともに言葉を発せない僕にも、八幡さんは明るく話しかけてくれた。 「大知くんって、おとなしい子だね!」  初対面の僕と、こんなにも親しく話せる八幡さんが羨ましく思えた。 「オレの部屋においでよ。話をしよう」 「えっ、でも」 「隣の部屋になったのも何かの縁! 仲良くしようよ」  怯えながら八幡さんの部屋に入った。パタンとドアが閉まると、とたんに怖くなった。 「座って!」  言われるがまま、小さなテーブルの横に、正座をして座った。 「足、痺れるよ? 楽にしな!」  八幡さんは、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出すと僕にポーンと投げ渡した。 「あ、りがとう、ございます……」  きっと、いい人だ。そう自分に言い聞かせても、緊張が解けなかった。 「どうしたの?」  鋭い目で、じーっと僕を見る、八幡さん。すぐに目をそらした。 「緊張しなくていいよ。大知くんは、どこの出身?」 「神奈川です」 「へぇー! オレは静岡。兄貴がこの近くでお店を構えて、この大学のことをよく耳にしてたから、ここを受験したんだ。オレ、大学公認の馬術部の部員なんだ。ところで大知くん、乗馬の経験は?」  八幡さんは、マシンガンのように言葉をぶっ放した。いきなり出身地とか、乗馬とか。情報量が多すぎて、頭がクラクラしそうだ。 「ないです」 「そっか! 親切丁寧に指導するから、どう?」 「どう? って……」 「乗馬に興味ない?」  実は、ちょっと興味があった。でも、乗る勇気も機会もなかった。 「まぁ、いいや。良かったら、馬術部に遊びに来てよ!」 「……はぁ……」  それからいろいろと話をして……正しくは、八幡さんの話に僕が相槌をうって……ようやく解放された。 『大知くんって、極度の人見知りなんだね』  部屋でベッドに寝転ぶと、別れ間際、八幡さんが言った言葉を思い返していた。八幡さんは、僕が怯えた目をしていたことに、気がついていたようだ。その目を見て『極度の人見知り』と勘違いしたのだ。人見知りではない。人を信用できない。 『優作って、呼んでいいよ!』  八幡優作って人は、はたして信用できるのか? 今日、出会ったばかりだからまだわからないけれど、少し様子を見ることにした。
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