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確かにエヴァンの言葉はもっともだ。紳士と名高いファルマス伯爵と、悪女とうたわれるアメリアとの婚約……これは裏にきっと何かある。
けれど、だからと言って一度結ばれた婚約を無かったことにするのは簡単ではない。それに最も大切なのは本人たちの意志である。どんな理由があろうと、二人が望んで婚約を結んだと言うならそこにエヴァンが口出しをする余地はないではないか。
だからアナベルは、諭すような口調でエヴァンに問う。
「ねぇ、エヴァン。一つ確認するけど、アメリア様は何と言っているの? 結婚の申し込みをその場で受けたってことは、当然のことながら婚約を破棄するなんてこと考えていないんじゃないかしら。あなたはさっき、アメリア様は誰とも結婚するつもりはないと言ったと証言したけれど、それはいったいいつのことなの?」
「――ッ」
するとエヴァンは、痛いところを突かれたと言うように大きく目を見開いた。
その姿にアナベルは確信する。この婚約を破断にしたいのは、他の誰でもなくエヴァンただ一人なのだ、と。
「エヴァン、ちゃんと教えて。あなたのことだからここに来る前、アメリア様に聞いたわよね。彼女はこの婚約について何と言っていたの?」
「……それは」
エヴァンの目が左右上下に彷徨う。そんなエヴァンにアナベルが睨むような視線を向ければ、エヴァンはようやく観念したように呟いた。
「……気が変わった……とだけ」
「…………」
瞬間、アナベルは脱力した。
やはりアメリアは望んで婚約したのだ。
そりゃあ冷静に考えればそうである。相手はあの結婚したい男ナンバーワンのウィリアムだ。相手にとって不足なし。実際に会ったら思っていたより好みだった、とか……きっとそういうことなのだろう。
それに、今のエヴァンの態度が何よりもそれを証明しているではないか。
アメリアはこの婚約を望んで結んだ。けれどエヴァンはそれを認めたくなくて、こんなに後ろめたそうな顔をしているのだろう。
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