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結局、この日はそれでお開きとなった。
ルイスに届いた手紙……それがウィリアムからの急ぎの用だったからだ。ルイスが今すぐ屋敷に戻ると言うので、アナベルも退席することにした。
アナベルはアルバートに丁寧に礼を述べ、ルイスと、そしてクレアと共に部屋を出る。
すると部屋を出る間際、アルバートに呼び止められた。
振り向いた彼女に、アルバートは今日一番の優しい笑みを投げかける。そしてこう言った。
「サウスウェル卿をよく観察してご覧なさい。――彼の目に映る景色は、あなたの目に映るそれとはきっと違っている。あなたに見えている物が彼にも見えているとは限らない。そしてそれは逆も然りなのですよ」――と。
その時の彼女には、アルバートの言葉の意味はわからなかった。けれど、彼女はその言葉をしかと心に刻み込んだ。
アナベルはルイスにエスコートされて辻馬車に乗る。そうして、扉を閉める間際にルイスに革手袋を手渡した。
彼女がこのタイミングを選んだのは、まともに渡そうとしても受け取ってもらえない可能性を考えたからだった。
そんなアナベルの予想通り、ルイスはそれがデンツ製であることにすぐに気が付いて受け取ることを躊躇した。
けれどプレゼントを突き返すのはマナーに欠ける。それに革手袋を所望したのは自分自身だ。
屋敷内ならいざ知らず、人の往来のある……しかも御者に話を聞かれてしまうこの状況で女性に恥をかかせるわけにはいかない。
結局受け取らない選択肢は見つけられず、ルイスは「この贈り物と今日のお詫び、いつか必ず倍にしてお返しいたします」と言って革手袋片手に微笑んだ。
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