8.幼き日の記憶:すべての始まり

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*  ことの発端は二週間前に(さかのぼ)る。  兄のサミュエルとエヴァンはここ最近、暇を見つけては身分を隠し(それでもお守り役のハロルドを連れ添って)街の子供たちと川や林で遊んでいると言うことなのだが――そんなある日、子供たちのうちの一人がこんなことを言い出した。  街の中心部から少し離れたところにある、元は貴族が住んでいた屋敷――そこに幽霊が出るらしい、と。  詳しく聞けば、その屋敷は二年前に火事が起き、逃げ遅れた病気の娘が死んでしまったとのこと。以来心を痛めた貴族夫婦は領地のカントリーハウスに引っ込んでしまい、屋敷自体は取り壊しも建て替えもなくそのままになっていると言う。  そして近所の住民の話では、最近その屋敷の窓に幼い少女が立っている――と言うのだ。  そんな噂が立ってからと言うもの、管理者のいないその屋敷は子供たちの肝試しの場となっている。  勿論大人たちは危険だからと立ち入りを禁止しているしロープも張ってあるのだが、何のことはない。子供たちはそれらを超えて入っていってしまうのだ。  そしてその肝試しとやらに、エヴァンとサミュエルも誘われたのである。  だが勿論、二人はその場で断った。当然のごとく両親が許すはずがないし、もしも許可を求めようものなら今後一切街での遊びを禁じられてしまうだろうことがわかっていたからだ。  それに例え内緒で行こうにも、二人にはいつだってハロルドが着いて回っている。つまり二人がその屋敷を訪れるのは実質的に不可能だった。  ――だが街の子供たちは二人のそんな状況など知る由もない。子供たちは二人を悪気なく、弱虫と言ってからかった。  そのときは二人は笑顔でさらりと交わしてのけたのだが、実のところサミュエルはずっとそれが引っかかっていたらしい。  だからサミュエルは、ハロルドが所用でエヴァンに同行していない今日、二人だけで例の屋敷に行かないかと持ち掛けたのだ。  ――が、エヴァンは当然の如くそれを断り、けれどそれに納得がいなかかったサミュエルと口論になってしまった、と。
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