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13.幼き日の記憶:ミシェルの後悔
『こっちはお父さまの書斎。その隣が寝室で、そのまた隣がお母さまのお部屋なの。続き間になってて、廊下にでなくても行き来できるのよ!』
「そうなんだ。きっと君のお父様とお母様はとても仲がよかったんだね」
『そうなの! 池に落ちそうになったお母さまを、偶然そこに居合わせたお父さまが助けて、一瞬で恋に落ちたんですって!』
「いいね。すごくロマンチックだ」
エヴァンはミシェルと手をつなぎ、二階の部屋を順に回っていく。
貴族の屋敷の二階は基本的に家主らのプライベート空間と相場が決まっているが、どうやらこの屋敷も同じらしい。
一回はキッチンやダイニングに応接間といった共有スペースが主だったが、二階は寝室や書斎、調度品の保管室、趣味の小部屋などが大半だった。
何部屋かを回ったところで、ふとエヴァンが立ち止まる。
エヴァンには、さきほどからずっと気になっていることがあった。
「ねえ、ミシェル」
『なぁに?』
「なんだかさっきから見える景色がおかしいんだけど……これは君の力なの?」
――ミシェルと出会ってから、エヴァンの目に映る屋敷の様子は一変していた。
ススで薄汚れていた壁紙は鮮やかな色を取り戻し、荒れている筈の部屋はまるで今も人が住んでいるかのように見違えて見える。
これをエヴァンはミシェルの力だと思ったが、当の本人は不思議そうに首をかしげた。
『わたしは何もしてないわ。どうおかしいの?』
「なんていうか……すごく綺麗なんだよ、屋敷が。まるで当時の記憶を取り戻したみたいだ」
『ふふっ、なにいってるの。ここはずっと変わらないわ! エヴァンったら、おもしろいこと言うのね!』
「…………」
ミシェルの無邪気な笑顔に、エヴァンの心がチクリと痛む。
まさか彼女にはこの屋敷が当時のままに見えているのだろうか。
こんな幼い少女が広い屋敷でたった一人で何年も……過去の記憶にしばられたまま過ごしているのかと考えると、とても胸が苦しくなった。
もしかしてミシェルは、自分が死んでしまっていることに本当の意味では気付いていないのでは――そんな考えすら浮かんでしまう。
『ほら、エヴァン、向こうがわたしのお部屋よ! いっしょにお絵かきしましょ! わたし、絵を描くのは得意なの!』
「……うん、いいよ」
まだ幼いエヴァンには、どうしてミシェルがこの場所にとどまっているのかなどわかるはずがなかった。
ただ、自分がこうして彼女と接することで少しでも気が晴れるのなら……そんな思いで、ミシェルの提案を受け入れるだけだった。
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