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「わたくし、少しファルマス伯爵について調べてみましたの。ほら、彼って今まで浮いた話の一つもありませんでしたでしょう? 縁談も全て断っているようですし。でも、それっておかしいのです。侯爵家の跡取りとあろうものなら、大抵は幼少期のうちに婚約者を決め、遅くとも成人前には婚約、成人後はそのまま結婚――というのが自然な流れですわ。事実、他の侯爵家の跡継ぎの方々はみんなそうですもの。そう。ただ一人、ファルマス伯爵を除いては……」
「……つまり、どういうことだ」
「これはわたくしの想像に過ぎないのですけど、もしやファルマス伯にはずっと好いた相手がいらっしゃったのではないかしら。それも、公(おおやけ)には出来ないようなお相手が……」
「――!」
「それなら、申し込まれた縁談を断り続けていたことに説明がつくでしょう?」
「……まさか、そんな。――なら、アメリアとの婚約は……」
エヴァンは顔を蒼くする。
「確証はございませんのよ。調べてもそれらしき女性の影は出てきませんでしたし、女性用の装飾品を注文した形跡もありませんでしたから。――でも、これだけはわかりましたわ。今回の縁談、ファルマス伯は乗り気ではなかったそうなのです。話を進めたのは父親のウィンチェスター侯だったそうで……せめて婚約だけは済ませて欲しいという親心……というか、当主としてのお考えだったのではないかしら」
「…………」
エヴァンは何か考えるように視線を伏せ、じっとアナベルの言葉を聞いている。
「わたくし、この前のエヴァンの言葉がずっと気になっておりましたの。アメリア様が“誰とも結婚する気はない”と言っていたのに、急に態度を変えたこと。もしかしたらアメリア様は、ファルマス伯より何か提案を受けたのではないでしょうか。例えば“期間限定の婚約”、あるいは、“形だけの結婚”などの」
「…………」
「もちろん、想像の域を出ませんのよ。繰り返しますが、何の証拠もありませんから」
アナベルはそこまで話すとエヴァンの顔色を伺った。
エヴァンは青白い顔のまま両手を膝の上で組んで黙り込んでいる。そこには先ほどまでの感情的な彼の姿はどこにもない。
余程ショックだったのか、あるいは逆に、婚約を破棄できる可能性を見出し安堵しているのか……。
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