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二人の間に沈黙が続く。
しばらくすると、部屋の向こうから声が聞こえた。
「入るぞ、アナ」
それはアナベルの兄、サミュエルの声だった。
アナベルが返事をすると、サミュエルがクレアと共に入って来る。
「来たな、エヴァン」
「……サム」
「何だ、今日は随分大人しいじゃないか。この前はもの凄い騒ぎ様だったと聞いたが」
――アナベルの兄、サミュエル・オールストン。エヴァンとは寄宿学校入学以前、幼少期からの付き合いだ。
容姿はアナベルと同じく両親譲りの赤い髪と赤褐色の瞳で、目鼻立ちはくっきりしている。性格はいたって穏やか、常識人で、広い交友関係を持つ社交性の高い男――。
サミュエルはエヴァンのすぐ側まで歩み寄ると、エヴァンの肩へ遠慮なく腕を回した。
「アナから話は聞いてるぞ。お前は本当に相変わらずだな。アメリア嬢の婚約を潰したいんだって?」
サミュエルはニヤリと微笑む。
するとエヴァンは鬱陶しげに眉をひそめた。そうして、「悪いか」と呟く。
するとサミュエルは途端に表情を一変させた。
「そりゃあ悪いだろ。アメリア嬢にも先方にも……それに、アナにもだ」
「……アナだと?」
サミュエルの表情は真面目を通り越して怖いほどで、二人は少しの間、至近距離でじっと睨み合う。
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