82人が本棚に入れています
本棚に追加
それを破ったのはアナベルだった。
「お兄様、その話は今することではありませんわ。それで、手に入ったんですのよね、招待状は」
アナベルはごほんと大きく咳払いをし、兄サミュエルに問いかけた。
するとサミュエルは再び顔に笑みを浮かべ、エヴァンの肩に回した腕を解く。
「ああ。お前の頼みだ。抜かりないさ」
サミュエルは懐から一通の封筒を取り出し、アナベルへと手渡した。
「さすがお兄様ですわ」
「それほどでも」
そんな二人のやり取りに、エヴァンは不可解な視線を送る。
「招待状だと? 一体何の……」
エヴァンが尋ねれば、アナベルはにこりと微笑んだ。
「何の変哲もない夜会の招待状ですわ。――ただ、この夜会にはファルマス伯が出席されるそうですの」
「――何?」
「ねぇ、エヴァン。わたくし、お兄様と相談して決めましたの。もしも先ほどのわたくしの予想が当たっていたら――つまり、お二人の間の婚約が“愛の欠片もないものだったのなら”、わたくし、あなたに協力するつもりですわ。その時は婚約を白紙にする為に、兄のサミュエルともども尽力しましょう。あなたはわたくしの婚約者、そしてアメリア様はその妹。たとえ悪女と噂されようといずれわたくしの妹になるお方。不幸な結婚はしてほしくありませんもの」
アナベルは続ける。
「けれど……けれどね、エヴァン。わたくしの想像が杞憂のものだったならば……ファルマス伯とアメリア様の間に愛や、もしくはそれに当たる尊敬や信頼の念が確かに存在していたら……どうかアメリア様のことはきっぱりと諦めて、お二人を見守っていただきたいのです。この招待状は……その為のものですわ」
アナベルは言い終えると、エヴァンをじっと見つめた。
動揺を隠せないエヴァンの視線を捕えて――決して放さないように。
エヴァンはしばらく何も言わなかった。
アナベルの方も、何も言わずエヴァンの言葉を待ち続けた。
サミュエルやハロルド、そしてクレアも何も言わない。部屋は沈黙で満たされていた。
そうして数分が経過してようやく、エヴァンが答えた。「わかった」――と。
彼は繰り返す。
「わかった。君の言う通りにしよう。恩に着る、アナ」
*
こうして、彼らの方針は決まった。
夜会は三日後。果たしてエヴァンはファルマス伯爵――ウィリアム・セシルからこの婚約の真意を聞き出すことが出来るのか。
二人の接触は近い。
最初のコメントを投稿しよう!