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「いいですわね、エヴァン。わたくしたちは本日、急病のキッドレー子爵夫妻の代理で参りましたのよ」
「ああ、わかっている」
二人はサミュエルの後を追いながら、夜会出席の辻褄合わせを行う。
キッドレー子爵とはシャーロットの伯父のことである。アナベルがサミュエルに頼んで手に入れた招待状はもともとキッドレー子爵に送られたものだったが、シャーロットが頼みこんで譲ってもらったのだ。
サミュエルによれば、主催のエンバース子爵には既にキッドレー子爵から話を通してあるとのことで、実際その話の通りエンバース子爵への挨拶は滞りなく終わった。
挨拶を終えた三人は一旦会場の端へと移動する。
アナベルはその間にも、会場を横目で見渡してウィリアムの姿を探していた。けれども、どうも彼らしき面影は見つからない。
「お兄様、ファルマス伯爵はどちらに? お姿が見えないようなのですが」
アナベルは尋ねる。
するとサミュエルは、どういうわけか薄っすらと微笑んだ。
「ああ、彼なら左前方に――ほら、奥から二つ目のテーブルだ」
アナベルはサミュエルの視線を追った。――すると、そこには確かにウィリアムがいる。
ウィリアムは前から二つ目の、長方形のローテーブルを挟む長椅子の片方に腰かけ、グラスを片手に招待客数名らと語り合っていた。
「……確かに、ファルマス伯爵ですわ」
栗色の髪に緑色の瞳。整った顔立ちに穏やかな笑顔、洗練された仕草、柔らかな物腰。確かにそれはアナベルの知るウィリアムで間違いない。
けれどだからこそ、彼女は驚かずにはいられなかった。なぜなら、サミュエルに言われるまでそれがウィリアムであるとまったく気付けなかったからだ。
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