82人が本棚に入れています
本棚に追加
「驚いただろう? 俺も最初は気付かなかった。今夜は若い女性客が少ないからな。――まあ、夜会の名目上当然と言えば当然だが」
「ああ……成程。確かに今日は女性に囲まれていませんわね」
アナベルはサミュエルの言葉に妙な納得感を覚える。
そう――サミュエルの言う通り、今日のウィリアムの周りにはいつもなら群がっている筈の女性の姿が一つもないのだ。だから、それがウィリアムだとはわからなかったのだろう。
――こうやって見るとやっぱり、容姿はエヴァンの方がよっぽど……。
アナベルは無意識のうちに、隣に並ぶエヴァンを見上げていた。
けれどその視線が合うことはない。
エヴァンはアナベルに見つめられても気付くことのないまま、ただじっと……遠く離れた場所に座るウィリアムに鋭い視線を向けていた。
――やっぱりあなたは気づかないのね……。
だがそれはどうしたって仕方のないことだということを、アナベルはよく理解していた。
アナベルはエヴァンを愛している。そしてエヴァンも少なからずアナベルのことを大切に想っているだろう。
けれど所詮は親同士の決めた婚約。
アナベルはそれ以前からエヴァンに想いを寄せていたが、エヴァンはそうではない。それにエヴァンはアナベルが自分のことを、婚約以前からそういう意味で好いていたことを知らないのだから。
つまり二人の間には、明確な温度差があるのだ。
アナベルはそのことをよく理解していた。そしてそんな自分の想いが、決してエヴァンの重荷にはならないように努めていた。
それはエヴァンのためと言うより、保身のためだったが――。
最初のコメントを投稿しよう!