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4.その婚約に異議あり
エヴァンはウィリアムまであと数歩という位置で立ち止まり、真横から声をかけた。
「――ファルマス伯爵。隣、失礼してもよろしいですか」
その口調はエヴァンにしては穏やかなものだった。
と言っても、いつもの社交モードに比べれば……と言うほどだが、彼はアナベルから言い付けられていたことを守り、自らの態度が失礼に当たらないよう気を遣っているようである。
その一方で、突然見知らぬエヴァンに声をかけられたウィリアムは多少なりとも驚いた様子を見せた。
彼はエヴァンを見上げほんの一瞬瞳を揺らし――けれどそこはさすがと言うべきか、すぐさまにこやかな笑みを浮かべる。
「ええ、勿論ですよ。どうぞ、そちらのお二人も」
ウィリアムはそう言って、エヴァンらに着席するように勧めた。
アナベルはそんなウィリアムの言葉に驚いた。なぜならその言葉には、ウィリアムの最大限の気遣いが現れていたからである。
アナベルは見逃さなかった。エヴァンに声をかけられ振り向いたその一瞬で、まだ離れた場所にいた自分と兄サミュエルに目を止めたウィリアムの視線を――。
つまりウィリアムは、アナベルとサミュエルがエヴァンの連れであると一瞬で判断し、二人が自分に気を遣う必要がないよう先手を打って席を勧めたのである。
もしもこれがアナベルらより身分の低い者の行動だったなら、彼女とて驚かなかっただろう。
だがウィリアムは侯爵家の人間だ。公爵家に次ぐ身分の者である。そんな彼が紹介もなしに突然話しかけて来るような無礼な相手にさえ最大限の配慮を欠かさない――それは一般的には考えられないことなのだ。
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