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「ああ、アナ! 俺はいったいどうしたら……」
今にも頭を抱えてうずくまってしまいそうなエヴァンを、アナベルは不可解な目で見つめる。
――そもそも、二人の婚約が成立してもう何年も経つ。それなのに今さら婚約を破談にしたいなどとおかしいではないか。
そう考えた彼女は、ひとまずエヴァンをなだめることにした。
「エヴァン、大丈夫だから落ち着いて。とにかく深呼吸しましょう」
「深呼吸だと!? そんなことをしている場合か!」
アナベルはエヴァンをなだめるが、エヴァンは苛立ちを抑えきれない様子でアナベルの両肩を強く掴む。
その痛みに、彼女は思わず顔をしかめた。
「ちょっと、痛いわ。それに大きな声を出すのもやめて。ここにはクレアもいるのよ。扉も開けっ放しで、外に聞こえるわ」
アナベルが言えば、エヴァンはようやくクレアの存在に気付いたようだ。
驚いたように目を見開いて、罰が悪そうに視線を泳がせる。
「とにかく座って」
「あ……ああ。……そうだな。悪かった」
アナベルはようやく大人しくなったエヴァンを招き入れ、ソファに座らせる。
それにしても、“悪かった”などと、普段の彼ならなかなか言わない言葉だ。やはり余程のことがあったのか。
昨夜共に参加した夜会では、何らおかしな様子はなかったというのに……。
アナベルは昨夜の夜会でのエヴァンの様子を思い起こしながら、ソファの反対側に腰かける。
そうして、平静を装って声をかけた。
「エヴァン、あなた朝食まだでしょう?」
尋ねれば、エヴァンは再び驚いたような顔をした。
朝食を取るのをすっかり忘れていた、という顔だ。
「ちょうどいいわ、一緒に食べましょう。わたくしもまだだから」
「……すまない」
「いいのよ」
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