プロローグ

6/13
前へ
/150ページ
次へ
 ――アメリア様は何者になるおつもりなのかしら……。  気にはなるが、しかし今重要なのはそこではない。  アナベルは気を取り直してエヴァンに向き直る。 「それで、お相手はいったいどこのどなたなのです?」  まずは相手を知らなければ始まらない。そう思った彼女が尋ねると、エヴァンは再び顔色を悪くした。そうして、まるでこの世の終わりとでも言うかのように膝の上で頭を抱えてしまう。 「え……。そんなに良くない相手なの?」  ――答えられないほどに?  アナベルは更に質問を重ねようと口を開けた。けれど、それより先にエヴァンが呟く。 「……逆……なんだ」 「え、逆?」 「ああ。悪いんじゃない、良すぎるんだ。……相手はウィンチェスター侯爵家の……ファルマス伯爵なのだからな」 「――っ」  瞬間、アナベルは絶句した。  ウィンチェスター侯爵家と言えば、数ある侯爵家の中でも名家中の名家である。この国の建国にも関わったと言われる程古い歴史があり、ここ数十年はもっぱらノブレスオブリージュを全うするため福祉事業に力を入れていると言う。  それに問題は家柄だけではない。相手があのファルマス伯爵だと言うことだ。  ファルマス伯爵――ウィリアム・セシルは今現在、年頃の娘たちの結婚したい男ナンバーワンの貴公子なのである。  ファルマス伯爵、ウィリアム・セシル――。  かつては王太子アーサーと人気を二分していたが、去年あたりからアーサーが好色家である噂が流れるやいなや、瞬く間に女性の人気ナンバーワンに躍り出た。家柄良し、顔良し、性格良し――しかも婚約者がいまだ未定となれば、当然の結果とも言える。  つまり、ウィリアムはモテる。信じられないくらいモテる。夜会に行けば黙っていても女性が群がるし、見合いの釣書は毎日のように届くと言う。  アナベルはウィリアムを遠目でしか見たことはないが、確かに噂通り表情も物腰も柔らかで、男女貴賤の区別なく使用人にまで親切に接している様子を見て、本当に良く出来た人物だと感心したものだ。  ――そんな今をときめく貴公子が、どうして彼女と婚約などと……。
/150ページ

最初のコメントを投稿しよう!

87人が本棚に入れています
本棚に追加