プロローグ

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*  今より一ヵ月程前のこと。  ある日何の前触れもなく、ウィンチェスター侯爵からエヴァンの父であるサウスウェル伯爵、リチャードに手紙が届けられた。そこには、我が侯爵家の息子ウィリアムと、そちらのアメリア嬢を見合いさせたい、というようなことが書かれていた。  その内容に、リチャードはとても驚いた。ウィンチェスター侯爵家とサウスウェル伯爵家には何の繋がりもなかったからだ。  だからリチャードはまず娘アメリアを呼び出し、ファルマス伯爵と懇意にしているのかと問いただした。  しかし答えはもちろんノーだった。その上アメリアはこう答えた。「この婚約は断ってほしい」――と。  だが相手は侯爵家だ。それも相手はあのファルマス伯爵。棚から牡丹餅どころの話ではない。  それにここ数年のアメリアの社交界での行動は目に余るものがあり、このままでは結婚など到底無理な話。  リチャードはそれを悟っていたため、「断ることは許さない」という結論を出したのだった。 * 「俺も父上には抗議したんだ。アメリアに侯爵家の夫人など務まるわけがないと。けれど父上は、それでもこちらからは断れないと……」  エヴァンは暗い表情でぽつりぽつりと告げる。 「だから今度はアメリアに忠告した。お前には分不相応だ、身の程を弁(わきま)えろ……とな」 「そんな言い方をなさったのですか?」  アナベルが思わず口を挟めば、エヴァンは顔を真っ赤にさせる。 「仕方がないだろう、事実なのだから! 俺はあいつの兄だ、現実をわからせてやる責任がある!」 「…………」  ――ああ……。  アナベルはこのエヴァンの言葉に、今さらながら重大な事実を思い出した。  エヴァンはアメリアを深く愛しているが、当の本人はアメリアから毛嫌いされているのだ。エヴァンはここ数年にわたって、アメリアから話しかけられたことは一度もないと言う。  まあ、それもこれも全部、エヴァンの自業自得なのだが……。
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