Cursed blood

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日が昇り、空が明るみ始める頃。 周りに広がるボロボロに崩れたコンクリートは鉄筋が飛び出ており、元は誰かが大切に使っていたのだろう家電や自転車などは時とともに風化して、今はもうガラクタだ。様々なものが乱雑に積み上げられ、掘り返せば必ず何かが出てくるようなスクラップ。 その一角。かつては建物があったのか、比較的大きなコンクリートが頭上を覆い、隙間から溢れる光に照らされて。 ゴミだらけの山に片膝を立て片腕を膝に預ける少年は、この瞬間が好きだった。 いろんなものがあるように見えて何もないこの世界で、「自分」という存在が確かに存在することを感じられるから。 ここらには国も、街も、村も無い。 ーー人はここを「忘れられた地」と呼ぶ。 きっと昔は栄えていた国でもあったのだろう。 その証拠に、歩けば見たこともないものがたくさん落ちている。 そんな土地でも今は無法地帯。 居場所がなく流れ着いた者、道に迷った者、人生が見えなくなった者、…わざわざこの地に移り住んだ物好き。とにかくいろんな人たちが、このだだっ広いガラクタの中で暮らしている。 もちろん、この少年も例外ではない。 少年は気づいたらここにいたのだ。まるで世界に忘れられたのかのように。 でも、少年にとって、何もないということは苦痛ではなかった。 ただこの地を踏んでいる。その事実だけで十分だった。 陽を浴びることは満足したのか、少年は立ち上がる。 今日は仕事をしなくてはならない。 ここには市場などはない。だが、商人崩れの人たちが今も独自の物流ルートを持っていて、必要なものは売ってくれる。 ここに住む人たちは一風変わった職業の人たちが多い。 少年の仕事はというと、これも特殊だ。 左サイドの長い黒髪の前髪を揺らしながら、少年は歩き出す。仕事の前に、寄るところがあるのだ。 辺り一面のガラクタの山を抜け、崩れかけた建物の多い街の面影のある方へ。 比較的崩壊していない、色あせた大きな看板がいまにも落ちてきそうな建物の中へ入っていく。 ここの住人に少年は呼びかけた。 「…ドクター。ドクターいる?」 意外と広い、多少埃っぽい辺りを見回しながら歩いていると、 「ぎゃああぁぁあああ!!!」 奥から悲鳴が聞こえてくる。いわゆる女の子の黄色い悲鳴ではなく、いい歳したおっさんの汚い悲鳴だ。 (ああ、治療中ね) 少年は大して驚きもせず、もはや聞き慣れた悲鳴をbgmに奥へ進んでいく。 家主がいるである部屋に近づくにつれ、大きくなる悲鳴と、正反対に随分楽しそうな声が聞こえできた。やがて悲鳴が聞こえなくなったころ、部屋の前に着いた少年は拳でドアを叩き、するりと開けた。 「ふん、くたばるのが早いな。これだからやる気がでないのだ。…おや?」 そこには白いベッドに横たわる気絶した中年と、まだ新しい血で汚れた白衣を着た、赤みがかった赤みがかった茶色い髪の短い女性がいた。 「いるなら返事してよ。ドクター」 彼女はドクター。その名の通り医者だ。 ただ、もともと研究者でもあるので、探究心が強く、治療にもその傾向が出るのか、ものすごく荒々しい。白衣の返り血と、ベッドの上の気絶したおじさんが証拠だ。トラウマものである。しかし腕はものすごく良いのだ。本人も自信家でいつも、私に任せろと頼もしい言葉をくれる。…その時つり上がった口角は見なかったフリ、をせざるを得ないが。 「いたのか、レイ」 少年に気づいたドクターはニヤっと笑いながら話しかける。 レイ、とは少年の名前だ。名付け親曰く、「何もない」という意味の“ 零 ”らしい。 「もうちょっと優しくしてあげれば。あんた医者でしょ」 レイは呆れながら言う。 「医者だからこそ、最善の治療法を見つけるために色々試しているんじゃないか。お前も知っているだろう?仕事はちゃんとこなしているし、問題はない」 …まあ、こう言う人なのだ。基本的にゴーイングマイウェイなので、レイも本気で言ったわけではない。 ドクターは、どこかの国だかに追われてやってきたらしい。本人が言うには「私の追っかけみたいなもの」なんだそう。確かにドクターはすごい力を持っている。完全に理解した病気なら薬を作ることができるし、原因が明確な怪我なら傷痕残さず治すことができる。これは、単に技術面だけの話ではないのだ。簡単に言うと特殊能力のようなもの。時たま彼女のように何かしらの能力を持った人間が生まれるらしい。かくいうレイもその一人で、これに関しての知識などは全てドクターから教わった。今の仕事もそっち関係でドクターが紹介してくれたのだ。 「そんなことより何か用事があったんじゃないのか」 「あぁ、頼んでたもの届いた?」 「もちろんだ。…まってろ」 またもやニヒルに笑ったドクターは奥へと引っ込む。 今日ドクターの元に来たのは、仕事道具を頼んでいたからである。 レイの職業は「狩り人」という。 国籍、性別、年齢に関係なく、才能さえあればできる仕事だ。 危険も多いが、給料は功績により、上乗せされるし、そうでなくても、それなりにもらえる。 ぶっちゃけどこでもできる職業なので、何もないこの地に住むレイにはぴったりの仕事である。 「あったぞ」 戻ってきたドクターが、白い布に包まれた、手のひらより大きめのものを2つ投げ渡す。 キャッチしたレイが布を開くと、それは黒く鈍く光るオートマチックの銃であった。ゼロを模した飾りが対になっている2つの銃は、レイの手のひらにしっくりと馴染んだ。 「なかなか腕のいいやつに頼んだからな。これで多少楽になるだろ」 そう言ってタバコを取り出すドクターに、持ち上げて色んな角度からそれを見ていたレイは満足げな表情を向け、腰のホルダーにパチンと収める。 「ありがとう」 「これから仕事か?」 「うん。そろそろ報告日だから」 「もうそんな時期か!ここから本部まで長いんだよな。向こうのやつによろしく言っといてくれ」 「うん」 狩り人は場所を選ばないので、いろんなところにいる。 通常であれば、各地域に人が派遣され、そのときの報酬がもらえるのだが、年に1度は本部に報告に行かねばならない。それは生存報告も兼ねていた。 ドクターは、もともとそっちで働いていたらしいので知り合いなどもたくさんいるのだろう。 「ということはあいつも連れて行くのか。…どっかでくたばってたりしないよな?」 「多分ね」 こればっかりは苦笑いしか出ない。 あいつというのはレイの仕事仲間のパートナーなのだが、いかんせん引きこもり体質なのである。 能力持ちであるのに変わりはないのだが、あまり積極的なタイプではないので、どちらかというとレイのサポート役に近い。 ここ最近はレイも様子を見ていないので、干からびている可能性がないわけではない。 案外面倒見のいいドクターが気にかけてくれているのは知ってるが、あれはもうどうしようもない。 ドクターがため息をついていると、外から騒がしい足音が聞こえてきた。 「…ドクター!いるか、ドクターっ!!」 普段は温厚な商人の男の声だ。外で何かあったらしい。 すぐさま出て行ったドクターをレイも追いかけて行く。 「…何があったんだい?」 どうやら急患のようだ。商人の男は血だらけの男を背負っている。 「“マガツ”が出たっ!!」 その言葉にドクターは一瞬目を細めると、レイの方を振り返る。 「レイ、仕事だ」 「わかってるよ。これも試せるし、ちょうどいい」 ホルダーに手をかけそう言ったレイは商人に安心するよう言い、飛び出して行く。 そう、これが狩り人の仕事である。
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