二度目の、初めてのキス

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 きっと抱きしめる日は来ないと諦めていた、制服越しの背中に両手を回す。  途方もなく大好きな人の唇に触れることを、初めて許された今日。  空の端で燃えるオレンジが夜に沈んでしまう前に、長い影が二つ重なる今が嬉しい。  学校帰りの脇道にポツンと寂れた公園も、木々のざわめきが祝福するように、都合良く補正され輝いて見える。  唇の表面を軽く押し合う、可愛らしいほどささやかな触れ合いのやわらかさから離れるのがいつまでも名残惜しい。  回した手を強く引き寄せると胸を寄せた隙間も消えて、お互いの心臓を叩く速さと、何度も想像していた心地好さを上回る体温も増した気がした。  この瞬間がいつだったとしても噛み締めただろう幸せを、こんなにまばゆい想い出として一緒に刻めたことに、ただひたすら胸を満たして指が震える。 「……長い、学ランにシワがつく」  角度を変えて再び触れようとした間に細い手が顔に添えられ、やわらかく触れていた顔が、離された。  眉を曲げて目を反らし、夕焼けのせいだけではなく耳まで赤い、今日から恋人と呼べる愛しい相手。 「……キスをするのは初めてだ」  いつもの元気いっぱいの口調からかけ離れたカラカラの声に、ついニヤつく口元を然り気無く手のひらで覆い隠しながら、 「俺も」  短い嘘をつく。  話があるんだと告白した時本当は、ふられてしまうつもりだった。  好きと欲しいを長く拗らせた汚い感情を抱えたまま、いつまでも友人の顔に偽って隣に立っていたら駄目だと、やっと心を決めたから。  純粋を絵に描いたような、本当は今日二度目に触れた唇。  風に揺れる少し癖のある猫っ毛に、ふわふわと舞った白い保健室のカーテンを思い出す。  目のやり場に困ったようにやや伏せた素直な瞳に、ベッドで寝入り無防備に閉じた瞼を重ねた。  鞄持ってきてやったぞ、と静かな保健室を覗いた放課後。  今まで登下校と学校で過ごす姿しか知らなくて、眠る姿は初めて目にした。  スースーと今だけ大人しい寝息が、少し尖らせた口から心地良く聞こえる。  目を閉じたら少し幼く見える、猫のような顔立ちに細い首筋。  穏やかに寝入る可愛い姿をただの友達の俺は、次は修学旅行で見れるかどうかなんだと思うとギュッと胸が詰まった。  せめて、もう二度と聞けないかもしれない寝息をもっと近くで聞きたいと思い、両手をついて覆い被さる。  もし起きたら「やっと起きたか。足挫いて保健室来たのに何で寝てんの?」っていつものように、何でもない口調で友達に戻ればいい。  こんな時だけ友達の立場を利用することに自嘲の笑みが浮かぶ。  耳を寄せたら、鮮明に近くなる小さな温かい吐息。  ただ湿度までともなうのは計算外だった。  耳朶を淡く濡らす生々しさにゾクリとした感触が駆けた。  これは駄目だ、と直感的に気づき体を起こそうとした、なのに。 「……はづき」  まだ目を閉じ、夢の中で、  息をするように俺の名を呼んだから。 「さつき」  思わず俺も好きな子の名前を愛しさを込めて呼んだ。  応えは当然なく、スヤスヤとまた寝息だけが聞こえてくる、少し尖った唇の先。  ずっと好きなのに、一生この寝息の先に俺が触れることは無いのだと理不尽な焦燥に駆られたら、もう足を挫いた友達の見舞いではいられなくなった。 「ごめん、さつき」  伝わるはずのないずるい謝罪を口にして、眠る頬に手をそっと添える。  せめて、好きな証を人知れず残すように。  本当はとっくに通じている気持ちをまだ夢にも描くことが出来ないまま。  触れられない気持ちの代わりに何も知らない初めての先へ、交わるように微かに触れた。
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