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(読切・完結…※後味の悪いショートホラーです)
男は妻の不貞を疑い、生まれて間もない子供のDNAを調べて親子鑑定を行うことにした。
結婚を期に水商売から足を洗って以来、1年あまり失業中の若い夫には、そういう検査機関の所在をインターネットで調べあげて、妻に内緒でコッソリと鑑定を依頼するだけのヒマと行動力だけは充分にあったし。
なによりも、真っ赤な顔をクシャクシャに醜くゆがめて泣きわめいている可愛げのない赤ん坊が、自分の血を受け継いでいるとは信じられなかった。どうしても信じたくなかったのだ。
近所の工場に朝から晩までフルタイムのパート勤めで家計のすべてを細々と支えている年上の女房の疲れ切ったサエない風体をことあるごとに罵ってはいるものの、そういう幸薄いヤツれた女にほど食指がうごめく男が少なくないことを、なんなら彼自身がいちばん良く自覚していた。
やがて、当該の検査機関からの通知を確認した男は、ガクゼンとした。
赤ん坊と自分自身の間に血のつながりはないと、90パーセント以上の確率で鑑定されたのだ。
「まさか」という思いと「やはり」という思いが、グチャグチャに交錯した。
端正な美貌を武器に男娼まがいの方法で数多くの女たちから金銭をせびって面白おかしく遊びほうけていた独身生活を奪ったのが、まるで血のつながらない他人の子供だったと知れば、みじんも愛情を持てなかったことにも合点がいく。
男は、ヒキツケでも起こしたように手足をソリ返しながら延々と泣き続けている赤ん坊を、初めて両腕に抱き上げた。
赤ん坊はピタッと泣きやむと、男の顔を目を丸くしてジッと見つめた。
「今さら、そんな聞き分けのいいフリをしても、もうムダだ」
――あざといガキめ……と、ハデに舌打ちをもらしながら、男は、浴室に向かった。
やがて、六畳一間の部屋に戻って男がアグラをかくと、すぐにスマホが鳴った。
けばだった畳の上に放り投げてあったそれを拾いあげて、男は、また舌打ちをした。
妻からの電話だった。
数秒ためらったものの着信音が鳴りやまなかったので、仕方なく通話に応じる。
――このアバズレめ! ……という悪態を、寸前でノド元に押しとどめながら。
妻は、だしぬけに、ひどく興奮した声をあげた。
『ねえ、聞いて! ついさっき、工場にお客様がきたの。わたしを訪ねて』
「は?」
男は、いつにない妻の大声にイラだち、スマホから少し耳を離して、
「客って、誰?」
『都内にたくさんの土地やビルを持ってる、ものすごーい資産家の夫婦なのよ!』
「そんな資産家が、なんの用? オマエなんかに」
『その奥サンがね、わたしがいたのと同じ産院の特別室に入院してたんだって。で、ウチの坊やと同じ日に男の子を出産したんだって……』
「…………」
男は、ザワリとイヤな胸騒ぎをおぼえて息をするのも忘れながら、妻の言葉を待った。
『……どうやら産院が手違いを起こして、ウチの坊やとその奥サンの子供が取り違えられたって言うのよ。DNAの鑑定もしたから、取り違えられたのは間違いないみたい』
「で、でも……産院なんて、他に赤ん坊はいくらでも……」
『同じ日に生まれた赤ちゃんは、ウチと、その奥サンとこの2人だけなんだって! その週に生まれた赤ちゃんは、その日に生まれた2人以外は、みんな女の子だったらしいし』
大事な赤ん坊が他人の子供と取り違えられていたというのに。妻は、やたらとウキウキした明るい声で続ける。
男は黙って立ち上がり、スマホを耳に押しつけたままフラフラと浴室に向かった。
『でね、ウチにいる坊やと、その夫婦のところにいる赤ちゃんを、取りかえてほしいって。そのお礼に、都心の一等地の土地つきの新築タワーマンションをまるまる1棟ウチに譲ってくれるっていうのよ! ねえねえ、すごくない? ここのパートも、今すぐやめちゃっていいよね?』
男は、あわてて浴室のドアを開けた。
だが、冷えきった浴槽の水底に沈む小さな影は、もうピクリとも動いていなかった。
- - - 了 - - -
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